はじめに

 みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、ローズマリー・サトクリフの「炎の戦士クーフリン/黄金の騎士フィン・マックール」についてです。ちくま文庫の合本版を読んだので、二本立てでお送りします。それではいざ、緑に包まれた古のアイルランド、エリンへと出発しましょう!

 

「炎の戦士クーフリン」

 太陽神の子どもとして、生まれ出たセタンタ。成長した彼は、わずか数歳で大人をも圧倒する怪力を見せ、「クランの猛犬」クーフリンと称されるようになった。武者立ちの儀式の日から、短命を運命づけられた彼の活躍が、サトクリフの熟練した筆で生き生きと描かれる。

 

 最近読んだばかりのメリング「ドルイドの歌」にも登場するクーフリン。「ドルイドの歌」ではもっぱら馬鹿力を持った好青年、という印象の強い彼だが、サトクリフの筆に成る彼は、悲痛な運命を背負いながらも、あえて自分でそれを選んでしまう覚悟と、儚さを持ち合わせた英雄だ。彼の活躍はあまりにも華々しいが、その華々しさの影に、数々の犠牲があったことを突きつけてくる。

 

 たとえば、幼い日に義兄弟の誓いを交わしたフェルディア、そして自分の息子を、自らの手にかけることになってしまう。クーフリンの人間を超越した力の代償はあまりにも大きい。それから、エウェルの、夫であるクーフリンへの身を焦がさんばかりの愛もまた、痛々しい。夫が早死にする運命にあることを知りながら、次の戦いが死地かもしれない、という予感を抱えながらも、戦いに向かうクーフリンを送り出さねばならないエウェルの嘆きは、想像するにあまりある。

「名誉ですって!」エウェルは叫んだ。目がぎらぎらと激しく燃えていた。「名誉、名誉って、男はいつも名誉を持ち出すのね! 真実よりも、愛よりも、名誉が大事なのよね。そうやって男たちは永久に殺し合い、殺されあうんだわ。後に残された女たちの心を引き裂いたことなど、ご立派な戦士さまがたにとっては、さぞどうでもよいことなのでしょうね」

 このエウェルの言葉には、はっとさせられた。クーフリンを送り出したエウェルだけではなく、サトクリフの作品、ひいては守り人シリーズに勾玉三部作など、戦地に愛する人を送り出さなければならない人々の嘆きが、ここに詰まっているような気がした。もちろん、みんなが名誉を重視して戦いに向かうわけではないが、タンダはバルサを送り出さねばならないし、苑上は呪いとの戦いに向かう阿高を見送らなければならない。えてして、そういう人々は見過ごされがちだが、身を切るような心配をしているであろうことに、改めて胸が詰まる。

 

 そして、凄絶な戦いのあと、クーフリンは死を遂げる。いかにも、といった英雄譚ではあるが、その影にある人々の嘆き、哀しみを感じられる作品だった。

 

「黄金の騎士フィン・マックール」

 フィアンナ騎士団長であった父を、裏切り者のゴルによって殺され、世間の目から隠されて育ったフィン。対抗しうる力を身につけた彼は、フィアンナ騎士団に舞い戻り、年に一度王宮を全焼させる化け物を倒したことで,騎士団長の座を取り返す。様々な苦難に遭いながらも、ひたすらに生きたフィン・マックールの日々を描く。

 

 一番意外だったのは、父を裏切ったはずのゴルをフィンが倒さず、むしろ老練な騎士として重用していたことだ。ゴルに対するフィンの感情は、あまり見えないが、それでも単なる復讐譚に終わらないところに感嘆した。ゴルの死をフィンは悲しみ、狩りが味気ないものになった、と嘆いてすらいるのである。

 

 妖精とされるダナン族が、とても身近な存在として描かれているのにも驚いた。もちろん人間と同じように、とまではいかないが、ほんのちょっと行けば着ける隣国、といった印象である。これは、妖精がまだ隣にいた時代の物語なのだ。すぐそこに、手を伸ばせば神秘がある。それは、科学の無機質な電気が隅々まで照らす現代では、体感するのが難しい感覚だ。科学の発展と共に、神秘は、私たちの側を離れ、宇宙の彼方まで行ってしまったような気がする。しかし、サトクリフはそんな、不思議がまだ隣にあった時代のことを作品の中に描き出し、読者をそんな世界に招いてくれるのだ。

 

 それから、フィンと妖精の子、アシーンの後日談も面白い。物語のクライマックスとなる、フィアンナ騎士団と上王ケアブリが激突するガヴラの戦いの前に、美しい妖精に導かれ、常若の国に姿を消してしまったアシーン。彼が、三百年経って岩をどかそうとしていた農民たちの前に現れる。しかし、彼は妖精の国から乗ってきた白馬から降りたことで、あっという間に三百年分年をとってしまった。妙な既視感を覚えないだろうか。そう、浦島太郎である。竜宮城という常若の国で、わずかばかり時間を過ごしたつもりだった彼が、現世に戻ったとき時代はずっと進んでいた。そして、彼は玉手箱を開ける、という禁忌を犯してしまったことにより、一気に年をとるのだ。この偶然とは思えない一致が、気になって仕方がない。このほかにも、ケルトと日本の習慣には、ところどころ通ずるものがあり、興味が湧く。一度しっかり調べてみたいものだ。

 

 

 

 それから、これは二作品通してだが、古のアイルランドが、エリン、と呼ばれていることも気になった。「獣の奏者」の主人公エリンを思い出す。作者である上橋さんはサトクリフの愛読者でもあるから、実は意識しているのかもしれない、という無責任な憶測をしてしまった。

 

おわりに

 ということで、「炎の戦士クーフリン/黄金の騎士フィン・マックール」についてでした。お楽しみいただけましたでしょうか。それでは、最後までご覧くださりありがとうございました!