はじめに

 みなさんこんにちは。本野鳥子です。今回は、前回、前々回に引き続き、「獣の奏者」を読んでいきたいと思います。1巻である「闘蛇編」はこちらからご覧ください。

 目まぐるしく流転する情勢の中で、もがくようにして生き続けるエリンたちの姿が、表れている巻です。リョザ神王国を外敵ラーザの手から救うことはできるのか、その行方から目が離せません。

 

「獣の奏者 Ⅲ 探求編」上橋菜穂子(講談社文庫)

 2巻時点から10年以上が過ぎ、エリンは、夫であるイアルと、息子のジェシと共に暮らしていた。しかし、そんな穏やかな時間は大公シュナンからの呼び出しで終わりを告げる。闘蛇の大量死の謎を解くため、エリンは大公領に出向いた。母の面影を追いかけ、自らの過去と向き合いながらの、エリンの調査が始まった。

 

 上橋さんが優れていると私が感じるのは、物語の中の緊張感を、さりげなく高めていくところだと思う。頬をさする、ひんやりした風や、

 どこかで、鳥が鳴いた。

 口笛のように長く細い声が、闇を渡って消えていった。

 などという文章は、心の中の不安を見事に呼び起こし、かき立ててくる。

 

 この巻からは、とどめようのない穏やか日々の貴重さ、愛おしさが、嫌というほど伝わってくる。失って初めて分かるものがある、というのは真実だと思った。続きが分かっているからこそ、それがより強く心に響く。

 

 もうこのシリーズも何度も何度も読んでいて、展開も頭に入っているというのに、どうしてこんなに引き込まれるのだろう。世界の中に引きずり込まれるのだろう。この世界の持つ質感が、空気の香りも美味しい料理の味も、王獣の手触りですら、五感の全てを伴って迫ってくる。時間を忘れて読みふけり、エリンやイアル、ジェシたちと共に、変転する世界の流れの中に巻き込まれた。上橋菜穂子さんの作品世界は、私の第二の故郷かもしれない、とすら思う。

 

 特にジェシは、くるくるとよく動く瞳と、早口に一気にまくし立てる様子などが、本当に見えて、聞こえてくる気がする。彼は、エリンとイアルという、非日常の中で生きてきた両親が、ようやく得た日常の幸せの象徴のようにも見えた。

 

 イアルもそうだが、上橋さんの作品の中には、人生を“点”として生き、明日はないものと思って命を危険の前に晒してきた人々が多く登場する。イアルや「鹿の王」のヴァン、「守り人」シリーズのバルサなどもそうだろう。彼らが、線でつながる日常を得ることによって、物語は転換することが多い。ヴァンであれば、ユナやトマの存在によって、バルサならばタンダによって、そしてイアルは、エリンとジェシによって、明日を望む日々が生まれたのではないだろうか。

 

 そんな彼らの笑顔を見る度、自分も『生きる』ということを大切にしよう、と思える。また、人と比べないと『生きる』意味を見いだせない私が、少し悲しくなった。文章にすると気恥ずかしいから、ここまでにしておくが、本当に『生きる』こと、命というものの価値、日常の素晴らしさについて、教えてくれる物語だと思う。

 

 文字だけで表現されているとは到底信じられない、濃密な世界の中で、息づくエリンたちが、導く流れを、最後まで見届けたいと思う。

 

おわりに

 ということで、次回はついに最終巻、完結編です。上橋さんの作品は、長いようでいて本当に短いですね。それでは、また次回お会いしましょう。最後までご覧くださり、ありがとうございました!