はじめに
みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、「落日の剣」の下巻を買ってくることができたので、それをご紹介します。上巻の「落日の剣 上・若き戦士の物語」はこちらからご覧ください。まずは、少しアーサー王伝説とは何か、ということをお話ししたいと思います。
アーサー王伝説とは
5世紀から6世紀の実在の王または族長(証拠は乏しい)をモデルにしたブリテンの王アーサーの伝説である。ジェフリー・オブ・モンマス(1115年没)に始まり、多くの作家がアーサー王とその騎士たちの伝説について記した。これらの伝説の初期のバージョンは様々だが、どれもアーサーを、親戚のモルドレッドに裏切られた勇敢で高潔な王として描いている。さらなる要素、つまり円卓とその騎士、聖杯探求、王のさまざまな騎士たちのエピソードなどはアーサー王伝説ののちのバージョンに付け加えられた。(原書房刊「世界の神話伝説図鑑」より)
だそうです。昨日、たくさん本を買ってきたのですが、この「世界の神話伝説図鑑」もその一つ。それらが大好きな私としては、たまらない本ですね。それはともかく、こんな感じで、今なおゲームや本の主人公として登場するアーサー王を主人公とした伝説が、アーサー王伝説です。いかにも食指が伸びますね。
そんな彼を主人公に据えたのが、この「落日の剣」です。長く語り継がれてきた伝説上の王の姿を、サトクリフの筆によって、間近で眺めることにいたしましょう。
「落日の剣 真実のアーサー王の物語 下・王の苦悩と悲劇」ローズマリ・サトクリフ(原書房)
アンブロシウスによって、北の国境から呼び戻されたアルトス。自ら作り上げた〈騎士団〉を率い、サクソン人との戦いに明け暮れる日々が続いた。そんな中で、アンブロシウスは病によって命を絶たれる。ブリテンは、アルトスの手に委ねられることとなった。彼の手になるブリテンは、どんな道をたどるのか。
どの文章も洗練されて、ブリテンに満ちる自然と、その中で戦う人々の姿が生々しく浮かび上がってくる。気づけば物語の奔流に飲み込まれていた。
中でも特に心に残った描写がある。
一つ目は、アルトスの皇帝としての戴冠式の際だ。
やがて、この歓呼の大合唱が静まると、誰かが大きな声でひと言叫んで、丘の中腹ではねている巨大なけもの―〈白馬の丘〉の斜面に刻まれた大きな馬を、槍でさし示した。(中略)近づいてゆくと“白馬”は形を失い、芝土の上に刻まれた、巨大な白いひっかき傷にすぎなくなった。
丘の中腹に刻まれた、大きな白馬。ここを読めば、サトクリフの読者は息を飲まずにはいられないはずだ。
そう、「ケルトの白馬」でルブリンがその命までも捧げて描いた巨大な白馬。これが、再びサトクリフの作品世界に姿を現す。積み上げられてきた歴史の重みが、一気に目の前に立ち現れるような感覚を抱かずにはいられないだろう。人は去り、時は過ぎる。だが、残されるものもまたあり、それは人々に壮大な歴史が創造されていく様を見せつけるのだ。
そして、ベドウィルとアルトスの間の友情にも、心を打たれた。サトクリフのかく戦友同士の関係は、どの作品においても胸に刺さるが、その中でもとりわけこの二人には、感動せずにはいられないだろう。馬市で出会った二人が、お互いの馬を並べ、広大なブリテンを駆けた年月。別れの時もまた、二人の愛情の大きさゆえに、悲劇的であり、哀しみを伴わずにはいられない。二人の再会への切なる待望が、胸に宿る。
また、戦いにおもむく前の自然の描写は、素晴らしいサトクリフの筆致の中でも、とりわけ臨場感が際立つ。これから人間同士の、血にまみれた醜い抗争が始まることを知っているからこそ、美しい自然がより引き立って感じられた。
この他にも、印象的で胸に突き刺さった場面は数知れないが、そのどれをとっても、及ばないであろうものがあった。
それは、サクソン人とアルトス側の和睦の際に、フラビアンの息子と、サクソン人側の息子が、二人して退屈な話し合いの場を出て行き、二人揃って帰ってくるという場面だ。アルトスたちは、これを平和の象徴として見るが、私はそれに感動せずにはいられなかった。平和というのは、えてして戦争がない時間、と定義されがちで、実体をもたないぼんやりしたもの、という感触がある。
だが、サトクリフのかく平和の姿は、そのような概念的な平和からはかけ離れた、手応えのあるものだった。戦時であれば、敵対し、ひょっとしたら互いに刃で突き刺し合うかもしれない相手。それと笑い合い、穏やかな時を過ごせるということ。それこそが平和なのだと、教えられたような気がする。それは、アルトスも同じようで、こんな風に自らの心情を語っている。
こんな光景を見ると、わたしの心には、未来のための希望の種が感じられるのだった。
他にもこのことについて語るところがあったはずなのだが、あいにくあまりの物語の素晴らしさに夢中になりすぎて、印をつけるどころではなかったので、次回再読したときに、引用したいと思う。
本当に、ほんとうに面白い物語だった。サトクリフの魅力を、存分に味わえる作品である。今なお人々を惹きつけてやまないアーサー王。彼の姿が、伝説と時間の経過という霧の中から、くっきりと見えてくる本だった。
おわりに
というわけで、「落日の剣 真実のアーサー王の物語」でした。サトクリフは一区切りにすると言ったのに、ほどなくまた読んでしまってすいません。でも、サトクリフは本当に面白いので、もっともっと日本国内にも普及してほしいです。
それでは、また次回。昨日たくさん本を買ってきたので、その中から何か読むつもりです。長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。またお会いしましょう!