はじめに

 みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、ローマ・ブリテン四部作の三作目、「ともしびをかかげて」についてです。一作目「第九軍団のワシ」はこちらからご覧ください。

 

 それでは今回も、古代ローマ帝国の支配下にあったブリテン島へ、旅をすることにしましょう!

 

「ともしびをかかげて」ローズマリ・サトクリフ(岩波少年文庫)

 時代は前作から下り、古代ローマ帝国の滅亡も間近に迫るブリテン島。正規軍団はおろか、ブリテン人から構成される地方軍団でさえも、本国を守るため、そこから引き揚げることとなる。

 

 しかし、その地方軍団に属していたアクイラは、脱走兵として故郷に残ることを選んだ。愛する家族のもとへ戻ったのもつかのま、サクソン人の攻撃によりアクイラは瞬く間に家も家族も失って、サクソン人の奴隷となってしまう。故郷や家族への愛着と、ローマへの忠誠の板挟みになりながら、混乱の時代を生きた、アクイラの半生が描かれる。

 

 アクイラのような人物が、歴史の中にはいたのであろう、と思わせる迫真の描写に、息を飲んだ。実際に目の前で歴史が展開されていくような感覚を、存分に味わうことのできる物語だ。

 

 当然のことながら、歴史とは、名を残した人だけで作られたのではない。たとえばアクイラのような、今では名を忘れられてしまった人々の手が、こつこつと積み重ねてきたその結果が、歴史なのであり、一般に歴史の教科書に載るような人物は、忘れ去られた人々の所業を完成させたに過ぎないのだろう。しかし、現代に生きる私たちは、とかくそれを忘れてしまう。偉人の名前を覚え、できごとと年代を覚え……としているうちに、歴史というものの本質が分からなくなっているような気がする。

 

 それはおそらく、歴史に限らない。ある集団において、その代表の人物のみでその集団を評価してしまっては、本質を見失うことになりかねないと思う。アクイラ自身も、サクソン人の中に自らの血族を見いだし、自分という存在について思い悩む。サクソン人を、敵として単純に見ることができたら、彼はこれほどまでの苦悩をせずに済んだのではないだろうか。それができずに、板挟みになってしまう彼だからこそ、読者を虜にする魅力にあふれているのだと思う。

 

 で、上橋菜穂子さんの話をする。サトクリフの話をすると絶対上橋さんの話になってしまうのは、もうどうしようもないので、お許しいただきたい。

 

 まずは、医師であるユージーニアスが、アクイラにかける言葉だ。

「われわれは『ともしび』をかかげる者だ。なあ友だちよ。われわれは何か燃えるものをかかげて、暗闇と風のなかに光をもたらす者なのだ。」

 今度は、「獣の奏者」の完結編、第六章で、エリンがジェシにかける言葉を引用させていただく。

「松明の火を想像してみて、ジェシ。松明の火は自分の周りしか照らせないけれど、その松明の中から、たくさんの人たちが火を移して掲げていったら、ずっとずっと広い世界が、闇の中から浮かび上がって見えてくるでしょう?」

 両方とも、読者の心を揺り動かす、温かい文章だが、この二つを重ねてみると、さらに感動の度合いが増すことだろう。あえて多くは言わない。どうか、上橋菜穂子さんが好きな方は、このローマ・ブリテン四部作も、ぜひぜひ、手に取っていただきたいのだ。

 

 実はこの本、下巻には解説がついていて、それも上橋さんの手になるものなのだ。この解説で、上橋さんは、サトクリフについて、こう語っている。

 十五、六の頃、はじめてこの本を読み終えたときのことを、今もはっきりと覚えている。

 「本を読んだ」という感じではなくて、圧倒的な力をもつ嵐が頭の中を吹き荒れ、それが、ゆるやかに消えて、静かな夜に取り残されたような気がしたものだ。

 上橋さんにとってのサトクリフが、私にとっては上橋さんの「精霊の守り人」だった。初めて「精霊の守り人」を読んだときの衝撃を、違う作品なのに見事に言い表されている。

 

 サトクリフが掲げた松明の火は、上橋さんに受け継がれ、そうして私を含めた多くの人に渡っていくのかもしれない。そんなことが、ふと心に浮かんだ。

 

おわりに

 というわけで、次回はローマ・ブリテン四部作の最終巻、「辺境のオオカミ」です。最後までご覧いただき、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております!