異常 アノマリー/エルヴェ・ル・テリエ/加藤かおり訳/早川書房
この物語は、おもむろに、ある殺し屋の人生からはじまります。
すでに殺し屋としての素養を見せはじめていた彼の幼少期から、仕事を始めたきっかけ、初めての仕事、凄腕のプロとして活動する最近の生活までが、冒頭から短くムダのない文章でザクザクとコンパクトにまとめて語られます。
でも、これは「殺し屋の物語」ではありません。
コンパクトにまとまった殺し屋の物語はすぐに終わり、それから一発屋の小説家、年上の彼氏と別れたい映画編集者、末期ガンの男性、モラハラ傾向がある軍人のお父さんを持つ少女、弁護士、スマッシュヒットを出したばかりの隠れゲイの若手シンガーといった、年齢も住む場所も職業もバラバラの人々が次々に登場してきては、ひとりずつ、やはりムダのない文章で、その人生と近況がザクザクとスピーディに紹介されていきます。
彼らはみんなバラバラの人生を歩んでいて、お互い何の関わりもない。
しかし読んでいるうちに、彼らの物語にはどうもあるひとつの共通点があるようだということが見えてきます。
それは、今から少し前の3月に、記録的な乱気流に巻き込まれたエールフランスの飛行機に乗っていたこと。……
はい。内容については、これ以上はほぼ何も書けません。
サプライズだけが読みどころの作品ではありませんが、これは何も知らないで読んだ方が絶対に面白いです。私は事前に情報をほとんど入れずに読んだので、どこへ連れて行かれるかまったくわからなくて楽しく読めました。
ミステリー小説として書かれたわけではないのに、ミステリー系の年末のランキングにランクインしていたのも納得です。何が起きたのかがわかったところで「?????」ってなって、それがどういうことなのかが解説されたところで「?!!!????」ってなります。(アホみたいな表現ですいません。でも何も明かせないので…)
しかしそれが起きたからといって世界がどうなるのかを描いていくのが主眼の作品じゃないんですよね。
この小説がジャンル小説(ミステリーとかSF)であれば、問題の「解明」や「解決」、あるいは「進化」に向かって話が進んでいくはずですが、この作品にそういう方向性はない。
最後はああして終わっていますが、あのラストにはたぶんあまり大きな意味はなくて、書くつもりだったことを全て書き終えたので話を終わらせただけだろうと思います。
トランプ、習近平、マクロンなど実在の人物がしれっと登場してくる作品なんですが、エルトン・ジョンがなんかちょっといい役で出ていて微笑ましかったです。もし映画化するなら彼の登場シーンはご本人が出て欲しい。(なお出番は一瞬です)