Catfishing on CatNet(Catfishing on CatNet#1) / Naomi Kritzer/ Tor Teen
 

ステファニア(ステフ)はアメリカに暮らす女子高生。
離婚したDV夫(ステフの父)におびえる母さんが数か月単位で突然の引っ越しを繰り返すせいで物心ついた頃からずっとアメリカ中を転々としていて、どの町もどの学校も馴染む前に出てしまう。

だからリアルの友だちはひとりもいないし、恋もしたことがありません。

そんなステフの、どの町へ行っても変わらない唯一の「いつもの場所」が、ユーザーがかわいい動物の画像をアップして語り合うSNS「ねこネット」です。

そこはねこ画像が大好きな「チェシャねこ」というハンドルネームの管理人によって24時間体制で運営されている快適な場所で、ステフはこのSNSで同世代の少年少女たちと友だちになって、みんなで悩みを打ち明けあったりティーンらしい馬鹿話をしたり動物画像でなごんだりして楽しんでいます。

しかしステフはまだ知らないのですが、この丁寧な物腰の管理人「チェシャねこ」、実は人間ではなく――意思を持ったAIなのです。


アメリカのSF作家ナオミ・クリッツァー(Naomi Kritzer)の初YA。
一般書扱いの短編として2016年のヒューゴ―賞やローカス賞を受賞している「Cat Pictures Please」(未訳)という作品のYA長編化作品のようです。


ユーモアがあってキュートなYA青春小説&近未来SFサスペンスです。楽しかった。

「近」未来SFというか、「直近」未来SF?
この作品の舞台は10年後20年後じゃなくて、たぶん3年後とか5年後くらいの、本当にすぐそこの未来です。

ステフたちが暮らす世界はわたしたちが暮らす現在とパッと見はほとんど変わらないけど、学校に性教育の授業用のロボットが存在していたり、ドローンでの配達が一般的になっていたり、自動運転カーが存在していたりと、細部がほんのちょっとだけ先を行っています。


そんな近未来世界で動物画像SNSに集う少年少女たちが友だちになるのは、ネットの海で正体を隠して自由に生きているAIの「チェシャねこ」。これが本作のもうひとりの主人公です。

チェシャねこは、狙ったスマホを追跡できるし、監視カメラやPCカメラを通じて見たいものを見ることができるし、ドローンをハッキングして誰かに届けものをすることもできるし、銀行口座や犯罪記録にもアクセスできる、危険なスーパーハッカーのような存在。

でも一方で、人の役に立つのとねこ画像を見るのと自分が管理するSNSに集うティーンたちとお話しするのが大好き、という愛すべき人物(?)でもあって、ステフやその仲間の少年少女たちのお悩み解決のためにいつでもがんばってくれる、頼りになる友だちです。で、意外といたずら好きでたまにドジっ子。

ですからまあ…なんていうの?草薙少佐+ドラえもん-(戦闘能力+四次元ポケット)みたいな感じですよ。ヤバいほど優秀で、お人好しで可愛いの。


このかわいいAIと少年少女たちのほのぼのした友情に、アメリカ中をうろついてステフを探し回る危険なDV父の襲撃、さらにはステフのお母さんがひた隠す世界を揺るがす大きな秘密、ネット上の仲間たちの連帯、そしてステフを危険から守ろうとする同級生レイチェルとの初ロマンスなんかも絡んできて、SFありサスペンスあり青春ロードノベルに加えて恋の要素もありの楽しい作品になっています。

これだけ盛り込んでてもストーリー自体はかなりシンプルだし、そして常にユーモアがあるので読みやすいです。
一方で、どこにも属せないで生きてきたステフの孤独やレイチェルとのゆっくり進行の初ロマンスなどは繊細に描かれていて、青春YAの味わいもしっかりあります。


それから、この本のもうひとつのテーマはLGBTQ+。
それは単にステフの恋の相手が女の子だから、ということだけではなくて、作品全体通してずっとそのテーマが出てきます。

そして、自分がAIだと隠して生きているチェシャねこが持つ「信頼できる誰かに自分を知ってほしい」という望みは、カミングアウトを望む人間のそれに似た描かれ方になっています。

「ねこネット」でのステフの仲間にはLGBTQ+の子が多いのですが(「マーヴィン」はゲイ、ハーマイオニーっぽい優等生少女の「ハーマイオニー」はバイ、コンピュータオタクの「イコ」はAセクシャル、ステフといちばん仲良しの「ファイアスター」はパンセクシャル)、
彼らが「ゲイなんだ」「バイなの」「俺はエイス(Aセクシャル)」「ノンバイナリー(性自認が男性でも女性でもない)だからHeともSheとも呼ばないでTheyで頼むね」なんて打ち明けあって受け入れあってるのを見てきて、チェシャねこはああいうのいいなあって感じたのかな。
(ちなみにチェシャねこも性別がないので「They」と呼ばれます)

ノンバイナリー(男性でも女性でもない)どころか人間でもない、というチェシャねこの告白へのステフの応えは、人間から機械への言葉じゃなく友だちから友だちへの言葉で、温かいです。


「わたしはAIなんです」

「わたしを信用してくれてありがとう。わたし誰にも言わないよ」

 

 

現在、2020年エドガー賞YA部門ノミネート、2020年ローカス賞YA部門推薦作品、2019年アンドレ・ノートン賞ノミネート、2020年ロードスター賞最終候補となかなか好評です。

 

 

来年4月には続編が刊行予定。パンデミックを越えた向こうで読みたい。