内田百閒の作品を巡って・・・! | マンボウのブログ

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フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

幻想、怪異などの性格をもった内田百閒の作品をいろいろと味わってみようと思う。

 

先ずは、どんな生涯を送ったのかを簡単にみておこう。

それには、「小川洋子と読む 内田百閒アンソロジー」(ちくま文庫 2020)の小川洋子による「編者あとがき」が好ましい。

 

 

 裕福な造り酒屋の一人息子として岡山市に生まれ、祖母に溺愛されて育つも、十六の時、父親が亡くなり、家は没落。大学卒業後、陸軍士官学校、海軍機関学校、法政大学などで教鞭を取りながら執筆活動を続ける。関東大震災に遭い(刊行直後の『冥途』の在庫が焼失)、借金生活にあえぎ、東京大空襲で焼き出され、五十代の半ばで三畳の掘立小屋生活を余儀なくされる。戦後は人気作家として次々と作品を発表してゆくが、私生活では、大恋愛の末に結ばれた親友の妹、清子と長く別居を続け、別の女性佐藤こいと居を構えた。この別居中、長男久吉が二十三の若さで亡くなっている。結局、清子と離婚することはなく、五人の子どもと姑の世話に専念していた彼女が亡くなったのち、七十六歳でこいと再婚。八十一歳で亡くなった。

 このような人生を送りながら、宮城道雄検校に指導を受け、琴の演奏に熱中し、小鳥を何羽も飼い、猫が行方不明になったと言って大騒ぎをした。借金を重ね、遂には借金の秦斗にまで登り詰めた。列車に乗って目的のない旅を楽しみ、帰途は帰る目的が発生してしまう、との理由で不機嫌になった。芸術院会員の推薦は、いやだからいやだ、の一言で辞退したものの、東京駅の一日駅長は大威張りで務めた。 (p.283-4)

 

 

この紹介文を読めば、内田百閒という破天荒な作家の姿が彷彿としてくるだろう!

 

明治、大正、昭和と生き抜いた文豪の作品は、長編小説もなく短篇作品が多いのも特徴で、私が初めに読んだのは「阿呆列車」だったのだ(^^)

 

 

小川洋子の上記の文章は、こんな叙述もある。

 

 

 ただ、どんな作品にも、世界を見つめる冷徹な書き手の視線が、共通して感じられる。こちらとあちらの境を自在に行き来する幻想的な小説でも、ついくすくす笑ってしまう随筆でも、その視線の鋭さに変わりはない。 (p.284)

 

 

ということで、内田百閒の大まかなプロフィールが得られたので、次からはどんな企画でシリーズ連載しようかと目下思案中!

 

 

 

 

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