多和田葉子「パウル・ツェランと中国の天使」・・・! | マンボウのブログ

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フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

こんな本を図書館から借りてきた。チョキ

 

 

 

 

  本多和田葉子「パウル・ツェランと中国の天使」(文藝春秋 2023) 関口裕昭・訳

 

 

日本人でバイリンガル作家である多和田葉子(1960- )がドイツ語で書いた小説を関口浩昭(1964- )が訳した書である。ウインク

 

 

 

パウル・ツェランについては現在企画中の<ドイツ文学あれこれ!>シリーズのトリとして登場の予定(なお、ゲーテ等著名な作家は登場しないので念のため)だけど、プレリュードとして布石を打っておこうかと思いながら。。。ウシシ

 

 

この中で、訳者による詳細な「訳注」(p.134-183)から、いくつか引用・紹介してみよう!右差し

 

 

 7 空中に(in der Luft):多和田のドイツ語作品でもごく普通にみられる表現であるが、ツェランには、この小説でもテーマとなっている子午線に言及した「空中に」と題する詩(NKG. 170-171)がある。故郷を追われ各地に散らばったユダヤ人の存在が、ある意味では「空中に」さまよう雲のようであり、また宙に浮く人物を描いたシャガールなども想起される。ツェランはシャガールの詩からインスピレーションを受けた詩をいくつか書いている。

 

 

 9 誰も~ない(Niemand):英語で言う nobody。ツェランの詩では頻出する重要な語。たとえば彼の代表的な詩である「詩篇」の第一連は次のようになっている。「誰も再び私たちを土と粘土から捏ねあげない、/ 誰も私たちの塵に息を吹き込まない / 誰も」(NKG.136)。しかし不定代名詞であるniemandは三行目で単独に使われ、それは固有名詞としても理解できるので、次のようにも訳せる。「誰でもない者が再び私たちを土と粘土から捏ねあげる、/ 誰でもない者が私たちの塵に息を吹き込む、/ 誰でもない者が」。ツェランがNiemandの特殊な用法に着目した先行する文学作品として、リルケの墓碑銘(「誰でもない者の眠り」)、カフカの短篇「山中への遠足」やドロステ・ヒュルスホフの小説「ユダヤ人のブナの木」(ヨハネス・ニーマントという人物が登場する)などがあげられる。

 

 

 17 アオルタ(Aorta):多和田が好むエキゾチックな名前の典型例。ただし、生理学用語で「大動脈」という意味があり、この意味で『糸の太陽たち』に二度出てくる(注42を参照)。なお、多和田はアオルタのように、AとOを用いた名前の偏愛があるように思われる。それは彼女自身の名前である多和田葉子のアルファベット表記(YOKO TAWADA)にも一因があるのではないかと訳者は考えている。

 

 

 

このような訳注が181もあって、小説本文よりも先に目が行ってしまったわ!てへぺろ

 

なので、小説の本文(日本語訳)の後に掲載されている「訳者によるエピローグ」、50ページもある「訳注」と「訳者解説」から読み始めてみた天邪鬼の私であった(^^)グラサン