それでは、「春と修羅」のフィナーレも引用しておこう!![]()
すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます
大正十三年一月二十日 宮 沢 賢 治
The propositions that you have before you are without exception
Asserted within the confines of a four dimension continuum
As the nature of the mental state and time in themselves
Kenji Miyazawa, 20 January 1924
(p.22-3)
この最後のパラグラフは、なかなかに難解である。
日本語の原文も難しいし、英訳もまた難解だわ。
「訳者ノート」には、こんな叙述も・・・![]()
『春と修羅』の序のなかで、賢治は交流に関する基本的前提を設定する。彼はぼくらに教える、「現実それ自体は『みんなといっしょに』感ずるものです。だから、世界や宇宙や過去や現在に関することは、すべてみんなで一緒に知覚されます・・・・・」と。そのような理由からそのようにして知識それ自体も変わる。時が経てばぼくら人間だって変わるのだから・・・・。そう、ぼくらはみんな一緒に変わる。一緒に年をとり、一緒に死に、一緒に死後の運命を知る・・・・。
何という心の広さだ。この驚くばかりの寛大さが、岩手の農民宮沢賢治を世界的詩人宮沢賢治に転身させる。今後は賢治を”magnanimous poet”と、すなわち「度量の大きな詩人」、「寛大なる詩人」と呼ぶことにしよう。この magnanimous という単語は、magna と animus という、二つの部分から成る。Magna(magn-)は「大きい」ことを意味する。一方、animus は日本語の「こころ」が持つ概念を余すことなく含有する唯一の英単語であり、これはすべての動物のなかにある(it is in all animals)。意味するところはすなわち、生命(生気)の原動力、意志、心素だ。
賢治は文字どおり「大きな(+)こころ」を備えた詩人であった。
(p.214-5)
この訳者ノートも読み解くのに苦労しそうだわ。![]()
パルヴァースによる「あとがきに代えて」からも引用してみたい。
宮沢賢治は、世界中の人々に理解ができ、かつ楽しむことのできる詩人だ。それはなぜかと考えれば、三つの理由があると思う。
一、賢治が詩のなかで用いることばは、時にあいまいで難解で不可解であると思われる部分を除けば、西洋の詩に通じるところが多い。(以下、略)
二、賢治の論理もまた、西洋人に異質なものではない。その論理は、たいてい科学者に見られる思考形式に等しいと言えるだろう。事実、彼の視覚(vision)は、すべて厳格な観察の上に成り立っている。(以下、略)
三、宗教。賢治が記す仏教思想からの寓話や隠喩は、たくさんの複雑な縫い目と微妙な彩りからなる絢爛豪華な刺繍を見るようだ。現代の日本人は、賢治の宗教観を理解することに相当の困難を覚えるであろうし、ましてや非仏教圏で成長を遂げた者となれば、それ以上の辛苦を味わわされよう。けれども、賢治は涅槃について深く考え、妙法蓮華経の教えに傾注していたのであり、ぼくらにも少なくとも仏教の基本を押さえることが求められているのかもしれない。(以下、略)
(p.281-4)
そうして、最後には・・・
およそ二五〇〇の言語がこの地球上に存在していると言われる。そして永遠不滅の人類愛を詩う宮沢賢治の詩が、本書において二つの言語で読めるようになった。これは人類のためのささやかな一歩と考えていいのではないか。
一九九七年二月六日
京都賀茂川の畔で
”カムパネルラ”と名付けた鷺を眺めながら
(p.289)
<宮沢賢治ワールド逍遥!>・・・2