今度は、サティの代表作の一つと目されているこの作品である。![]()
「スポーツと気晴らし」
例によって、秋山邦晴の解説から。
1914年のはじめ、作曲家ストラヴィンスキーはパリの出版者ルシアン・ヴォージェルから作曲の委嘱を受けた。
(中略)
ヴォージェルはこのうちのひとり、装飾画家シャルル・マルタンが描いた一連の風俗画に、詩画集ふうに、短いピアノ曲集を作曲するというアイディアを実践しようと考えたのだった。だがストラヴィンスキーに申し込んだこの出版計画は断られてしまった。作曲料の条件が折りあわなかったためだった。やがて、この委嘱はローラン・マニュエルの仲介で、サティのところにもちこまれた。ところが、ストラヴィンスキーの作曲料よりも安くされていたにもかかわらず、サティはそれでもまだ、出版社が申し出た委嘱料が不当に高過ぎるといって、自分で苦労して値下げをして、やっと作曲を引き受けたのだった。-----なんとも風変わりな、そんなエピソードも残っている。 (p.392)
この詩画集ならぬ”音楽=画集”の出版については紆余曲折があったようだ。
全音楽譜出版社版『エリック・サティ ピアノ曲集』はパリ・サティ財団所蔵のオリジナル版から、世界で初めて完全なかたちの復刻版を作成。サティ=マルタンの<スポーツと気晴らし>の初版本・限定版は、再び陽の目をみることになった。いっぽう標準版のほうには、<ブランコ><イタリア喜劇>(それに表紙には<ウォーターシュート>)のイラストを原色刷りで、他のすべてのイラストは黒白印刷で復刻されている。 (p.393)
●曲の特色について
<スポーツと気晴らし>は「デッサンと音楽という二つの芸術的な要素で構成された」”気まぐれな幻想の産物”だと、サティは序文で書いている。しかしこれは、いわば一種の視覚=聴覚を結びつけた”総合的な書物”(アンヌ・レイ)といってよいものだ。それにまた、サティの手描きの楽譜(オリジナル版は、サティ自身が装飾的に浄書した原稿を模写している)がまたじつにユニークで、”眼でみる楽譜”という新しいメディアを誕生させている。それはまるで詩人アポリネールがこころみた詩集『カリグラム』(1918)の視覚的な造形詩の音楽版であるといえるような、”音符によるカリグラム”のこころみでもあるようにおもえてくる。 (p.393)


次回は、この作品の全体の構成をみることにしよう!![]()
<エリック・サティ没後100年に寄せて!>・・・14