「一粒の柿の種」は、どうなるのか・・・ | マンボウのブログ

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フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

部屋の中をごそごそしていたら、こんな本があった・・・パー


数年前に買ったままらしく、うっすらとホコリが積もっている。


でも、なんだか見覚えのある本だわ!ニコニコ



   本渡辺政隆「一粒の柿の種ーーサイエンスコミュニケーションの広がり」(岩波書店 2008)















帯には、こう書かれている・・・



   メモ科学は、理を楽しめる人すべてに開かれている。人生を豊かにする。



理科離れが叫ばれて久しいけど、理科嫌いはいない・・・そんな語り口調が好ましい!得意げ



目次は、こんなラインアップになっている・・・チョキ



   1 寅彦がまいた種


   2 科学の卵


   3 書の起源


   4 ポピュラーサイエンスの誕生


   5 自然の覗き窓


   6 科学で遊ぶ


   7 サイエンスコミュニケーションの潮流


   8 知識はシャンパンの泡のごとく


   9 ライフコースをデザインする


  10 ニセ科学への免疫力


  11 科学者の銅像と偶像


  12 科学への愛の言葉



なんとも、平易な言葉が並ぶ目次だなあ・・・目


 

冒頭は、夏目漱石「三四郎」から始まる。


ストイックな研究者である物理学者の野々宮先生のモデルは、寺田寅彦なのだ!叫び


随筆や短編小説で有名な寺田寅彦は物理学者でもあった・・・



文人科学者のいた時代、そんな言及からこのサイエンス本は始まっているのだ。



アイドルとしての科学者の項では、米国科学アカデミーに立つアインシュタイン像、国立科学博物館の野口英世像が紹介されている・・・アップ


 上野公園は東京国立博物館前から都立美術館、動物園横までが工事中であり、噴水の周りで憩う姿は見られない。この中で、工事区域から外された国立科学博物館前の木立の中に野口英世銅像が取り残された感じで建っている。<br /> 野口英世(明治9年(1876年)~昭和3年(1928年))は福島県猪苗代湖畔の農家に生まれ、清作(英世)が1歳半のとき囲炉裏に落ち左手を火傷した。<br /> アフリカで発生した黄熱病の調査・研究に赴き感染し、51歳でガーナの首都アクラで死去した。野口英世は、黄熱病が細菌に因るとする細菌説を採り、光学顕微鏡でその姿を捉えようと努力しているが、死後にウイルスが原因と分かり英世の説が誤りだったことが判明している。<br /> 小学校の修学旅行で福島県猪苗代湖畔の生家を見たことがある。他の分野の博士から見ると、英世は山師的な印象を受け、大部分の論文も査読システムが不備であったと指摘されており、その業績も千円札の肖像になるほどのことではないだろう。だだ、努力の人として最低額面の紙幣の肖像に値しているのであろうか?<br />(表紙写真は野口英世銅像)

野口英世(1876-1928)


まさに、科学者のアイドル的存在の二人だろうか!パンチ!



   メモ「科学とは、知的好奇心を段階的に解決する人類最高のゲームの一つである。」(p.149)



引用されている、この言葉が科学というジャンルを言い尽しているように思える。グッド!



日常をとりまくサイエンス・・・を軽視してはいけない!ドンッ


少しは、サイエンスに目を向けてみよう(^^)クラッカー



200ページ弱のこの書物は、平易な言葉で書かれているので、とっても読みやすい。


サイエンスの醍醐味が味わえる良書だろう!合格


アインシュタイン(1879-1955)