マンボウのブログ

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フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

では、今回は、コレを。。。チョキ

 

 

  A life in vain.

  My looks, talents faded

  like these cherry blossoms

  paling in the endless rains

  that I gaze out upon, alone.

                 (マクミラン旧訳:p.68)

 

 

 

  花の美しさは春の長雨にあせてしまった。

  私が物思いにふけっている間に。

 

 

  諸行無常の銀の雨

  桜の花にふりかかる

  わが青春にふりかかる

  わが目にうつる銀の雨

  諸行無常の銀の雨

                 (佐佐木幸綱訳:p.28-9)

 

 

 

  <現代語訳>

  桜の色も自分の花のような美しさ

  も、色あせてしまった。春の長雨

  を眺めながら昔の恋のことで一人

  物思いにふけっているうちに。

 

  <超訳>

  私がおばあちゃんになっても・・・・

                 (マクミラン;シン訳:p.29)

 

 

 

マクミラン旧訳は、分かり易い英訳だろうか。ウインク

 

佐佐木幸綱の繰り返される「銀の雨」とは、どんなイメージなのだろうか?うーん

「春の長雨」を「銀の雨」と置き換える意味合いが何となく不明だわ。グラサン

 

 

 

 

 

   <翻訳にみる「小倉百人一首」>・・・11 

では、デニム「蝉丸」の次は、リボン「小野小町」を取上げてみよう!チョキ

 

 

  9 「小野小町」

 

   花のいろはうつりにけりないたづらに

   我身よにふるながめせしまに

 

 

 

ここでは、先ず白洲正子の文章を引用してみたい。右差し

 

 

『私の百人一首』 白洲正子 | 新潮社

 

 

 実在したが架空の人物でもあったという説が、もっともよく当てはまるのは小野小町かも知れない。一応「出羽の郡司が女」として知られているが、それが小野氏の誰であったかは不明である。生没年は勿論のこと、実名もわかっていない。たしかなことは、仁明天皇の頃、宮廷に仕えていた、たぐい稀なる美女であり、歌の上手として知られているだけで、在原業平、文屋康秀、僧正遍照などと親しかったのは、「古今集」の問答歌から知ることが出来る。前に私は、「夢に生きる女」という題で、小町について書いたことがあるが、実際にも夢の歌が圧倒的に多いだけでなく、古今を通じて大衆の「夢の中に生きた女」でもあった。

   (中略)

 うるわしい容姿と才能で有名になった彼女は、伝説につぐ伝説を生み、ついにほんとうの姿を失うに至った。小町が住んだところ、小町の墓と称するものは、日本中の至るところに散在している。「小町」という地名は、殆ど彼女の伝説と結びついているが、出羽の出身というところから、東北地方にも少なくない。室町時代には、「玉造小町壮衰書」という説話と混同され、老いさらばえて、乞食になったという話に発展した。

 

  百年にひととせ足らぬ九十九髪

  われを恋ふらし面影に見ゆ

 

 という「伊勢物語」の歌を元に、猿楽は九十九歳の小町の姿を、「卒塔婆小町」「鸚鵡小町」「関寺小町」などに戯曲化し、その伝説に拍車をかけた。それにはおそらく深い理由があった。古えのほかいびととは異なるが、物語を語って歩く巫女とか比丘尼のたぐいが、小町の逸話をたずさえて、諸国を放浪したからである。

   (中略)

小町の伝説には、日本人のあまざまな性格と傾向が現れていて面白い。彼女も猿丸太夫や喜撰法師と同じように、長い年月と多くの人々の手を経て、創造された一つの偶像なのである。

                             (p.44-7)

 

 

 

長々と引用してみたけど、この文章は「小野小町」という存在を知るには念頭に置いておくべきだろう!口笛

 

 

 

 

 

なお、関西を拠点とする劇団「そとばこまち」は、上記から由来しているような。

今はテレビで活躍している生瀬勝久や山西淳がまだ劇団にいた頃に、何度か観劇したのが懐かしい!グラサン

 

 

 

s://sotobakomachi.com/

 

 

 

 

   <翻訳にみる「小倉百人一首」>・・・10

 

 

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ゲーテの名言に、「外国語を知らない者は、自国語も知らない」という文章がある。チョキ

 

  Wer fremde Sprachen nicht kennt, weiss nichts von seiner eigenen.

 

 

これは、特に日本・日本人に当てはまるかも。

 

諸外国では、自国語と共通語(主に英語)をあたかも二つの自国語的に使用している(特に、かつて植民地であった国々に顕著だろう)。長い間、鎖国だった日本では、かつての人たちはほとんどが日本語(方言も含めて)しか知らない。明治維新後にも、中学や高校で学ぶ英語は受験英語がほとんどで、例えば、東南アジアの人たちと対等に会話・議論できる日本人はまだ少ないかもしれない。昨今でも、国際的な会議や会合などでは日本の閣僚など代表者は、おそらく通訳なしでは意思疎通ができないと推測されるのだ。メディア報道では、いかにも膝を突き合わせて会談しているように放映されるけど、実は横に通訳をつけているのが実情だろう。これは、現代社会では国際的にみても恥ずかしいわ(閣僚たちはそれをどう思っているのだろうか)。

 

なので、ゲーテの言葉を借りれば、日本人は日本語を知らないと言えそうだ。

メディア報道でも、首をかしげるような日本語がまかり通っているのも嘆かわしい。えー

 

 

確かに、私は学生時代に外国語を学び出して初めて日本語の特性だとかを学んだ気がしている。口笛

 

つまり、日本語の言語感覚は外国語を学んでこそ培われるものなのであろう!日本イギリスフランスドイツアメリカ