3月9日(土)晴れ

装丁は菊池信義氏

丸山健二著 『千日の瑠璃』

 1992年刊行から今年で21年、氏の小説をこれまで読んでいない自分が、表紙が気になり、何度もこの本のを手に、中をめくり、また戻して去り、また戻って手に取って・・・有名な『千日の瑠璃』をこんなに迷うこともないのに、私はこの表紙に心奪われてどうしてもこの本が欲しくなった。

「上」「下」2冊の表と裏を揃えると、本物の六曲屏風の三曲までが連なる。まだ本物の屏風を見た事がないけれども、奥付の説明に「日月山水屏風・作者不明 大坂金剛寺」とあったことで、いずれ本物を見る事が出来ると言う淡い希望が浮かんできた。
何よりも、見事な装丁にため息がもれてきた。
誰だろう? 誰の装丁なんだろう?
「菊池信義」・・・・装丁家として知られた人である。
丸山健二氏の『千日の瑠璃』に似つかわしいこと

        
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http://amanosan-kongoji.jp/event/080505/index.html

真言宗大本山 女人高野 天野行宮         天野山金剛寺                          日月山水屏風(作者不明)


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小説家・丸山健二氏のツイッターはここ

「私は風だ」
「私は闇だ」
「私は棺だ」
「私は鳥篭だ」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
このように「私は〇〇だ」で始まる1ページの物語が千ページ、千日にわたって語られる。
渓流に倒れ込んだ祖父の遺体に止まった、青い尾を持つ美しい鳥「オオルリ」を幼鳥から育てている世一少年。足が不自由な世一少年とオオルリ以外は、毎回異なる主人公、風や闇や棺などが登場する物語。まだ読み始めたばかりだが、魅了されてしまった。
だから、この本が手に取って!と訴えていたのかと思うほど、言葉が世界のおもしろさを久しぶりに味わっている。いかにも遅すぎる読書だが、考えてみれば、本との出会いには遅い事はないのだと思いたい。
そうそう、この本は「八日市図書館」の廃棄図書を扱う「ぶっくる」で購入しました。
感謝の気持ちでいっぱいです。