3月11日(月)
瑞穂市の「オハナ」という有機野菜のレストランで、3.11 東北大震災2年目の今日、東北から岐阜県に避難している人たちとの交流会がありました。
主催者の挨拶の後、自己紹介。
とにかく西に逃げれば、子供を守れると信じて、知人も誰もいない土地に移ってこられた方や知り合いを頼って岐阜県内に来られた方のお話を聞きました。
津波が来なかった内陸部の人も、放射線量が高くなり、子供への心配から迷った挙句避難を決心された。
レストランのオーナーの計らいで、たくさんの新鮮野菜を使った料理が並びました。
食事の間も、どんどん人が増えて、ここには写らない2か所のスペースもびっしり。





東北大震災から2年がたちました
各地で、今日はいろいろな催しが行われたことと思います。瑞穂市の「オハナ」という有機野菜のレストランで、3.11 東北大震災2年目の今日、東北から岐阜県に避難している人たちとの交流会がありました。
主催者の挨拶の後、自己紹介。
とにかく西に逃げれば、子供を守れると信じて、知人も誰もいない土地に移ってこられた方や知り合いを頼って岐阜県内に来られた方のお話を聞きました。
子どもを自由に外で遊ばせられる、思い切り外の空気を吸う事が出来る、野菜や水も安心して口にできる、この安心が欲しかった・・・・依然として高い放射線区域には、もう戻れないのではないかと思っている。岐阜を第二の故郷として、生きていきたい
津波が来なかった内陸部の人も、放射線量が高くなり、子供への心配から迷った挙句避難を決心された。
原発があの事故を起こさなければ、こんなことにはならなかった・・・・・
昔、原発の反対運動をしている人がいたが、無関心でいたことを今になって恥じている。
もっと目覚めていれば、その人達を応援できたのに。世間に理解されずに大変な思いをしていた人たちのことを今になって思う・・・・

福島から避難された「エイキさん」が、途中でこどもたちのために「アンパンマンを演奏してくれました。彼は、エイキエイドと言う名前の「被災地支援・交流会・物心支援」活動を行っておられます。午後3時30分、みんなで黙祷を捧げました。
レストランのオーナーの計らいで、たくさんの新鮮野菜を使った料理が並びました。
食事の間も、どんどん人が増えて、ここには写らない2か所のスペースもびっしり。





こんなに皆さんの身に被害が及んでいると言うのに、まだ原発の再稼働をするのだそうです。
安全な原発なら地震や津波に耐えられる?
万が一の事故を想定するからヨウ素剤も配ろうとしている。
これからどれだけの時間、放射能と闘っていかなければならないのか、今責任ある地位にある人がこの世から消えても原発事故が終わらないというのに、彼等は未来に責任を持たない人たちなんだろう。
安全な原発なら地震や津波に耐えられる?
万が一の事故を想定するからヨウ素剤も配ろうとしている。
これからどれだけの時間、放射能と闘っていかなければならないのか、今責任ある地位にある人がこの世から消えても原発事故が終わらないというのに、彼等は未来に責任を持たない人たちなんだろう。