3月26日(水)晴れ
著者:井上 靖
発行:昭和50年3月20日 第1刷(初版)
発行社:講談社
著者の母上の80歳から89歳までを3つの作品にして描いている。
「花の下」(昭和39)、「月の光」(昭和44)、「雪の面」(昭和49)。
ケースに入っているから中は綺麗だと思っていたのが、ケースはいつの間にか紛失。購入してから38年にもなる。まともに読んでいたのか、定かではない。

見返し部分は、小さな花模様が一面に。
とびら(左側)、漉き模様が浮く白和紙に金文字色の「わが母の記」の文字が鮮やか。
著者:井上 靖
発行:昭和50年3月20日 第1刷(初版)
発行社:講談社
著者の母上の80歳から89歳までを3つの作品にして描いている。
「花の下」(昭和39)、「月の光」(昭和44)、「雪の面」(昭和49)。
原作の読み直し
確か、この本があったはずだと探しあてたら、表紙は日焼けし、裏表紙には「シミ」まででていた。布製の表紙だからそうなるのかしら。ケースに入っているから中は綺麗だと思っていたのが、ケースはいつの間にか紛失。購入してから38年にもなる。まともに読んでいたのか、定かではない。

見返し部分は、小さな花模様が一面に。

とびら(左側)、漉き模様が浮く白和紙に金文字色の「わが母の記」の文字が鮮やか。

どうして、これを購入したのか、覚えていない。
高校生の頃、氏の短編小説、『あすなろ物語』を読んだだけで、長編作を何も読んでいない自分が、この本だけは読みたいと思ったことだけ覚えている。
「天平の甍」、「氷壁」、「青き狼」、「敦煌」、「おろしや国酔夢譚」などの長編歴史小説の大家、巨匠の作品はどれも有名で映画化もされたが、私は原作は何も読んでいなかった。
その時、私は20代、母もまだ50代で元気そのものだったし、高齢の親への理解が至らなかったから、例え読んだとしても頭に入らなかったかもしれない。
ところが、読み直してみて、気が付いたのだが、当時、私の母は80代の実母を一人で介護していた。介護に対する社会の整備もなく女が家で親を看取るのが当たり前の時代で、兄弟姉妹のいない母は、たった一人で親の面倒を看ていた時だった。
今、思えば、どうやって耐えていたのだろう。
映画でも、井上家の家族や親族、お手伝いさん、書生など大勢の関わりが賑やかに描かれて、みんなが「おばあちゃん」との関わりでそれぞれの心配や気苦労を分かち合っている。何とも家族らしい家族で、他人でも関わりが深ければ家族同然の人間関係を紡いで深いつながりを作る事が出来る。井上家は大所帯。その賑やかさによって、言い争いでも何でも、救われている事が分る。
昨夜、読み終えてから眠れなくなった。
映画は、知っている俳優が演じていて、井上靖はどこまでも「役所広司」、おばあちゃんは「樹木希林」であり、末娘は「宮﨑あおい」であった。映画には映画のおもしろさがあり、素晴らしさがあった。しかし、原作には映画にない筆の力があるのを思い知らされた。
色も音もない代わりに、ペンが描きだす「おばあちゃん」の変化の描写は、読み終わった後々の余韻たるや、何といっていいのか、一寸言葉がみあたらない。
あちらの世界に渡っていくとはどういうことなのか、体が小さくなっていくとともに、記憶も消しながら、自分の家族までも忘れ、自分がどこにいるのかも次第に迷い、わからなくなり、人からは「もうろくしてきた」と見える所作も、すべては冥界に近付いていく道のりだと思うと、なんと哀しい事かと思う。魂も体も次第にこの世に少しずつ、別れを告げて行く描写に、自分の感覚が引き込まれていく。それは、冥界へ旅立つ
自分の姿に重なってきた。「わが母」を描き出す作家の筆は、読む人の魂にまで影響を及ぼす。井上靖という人は、母を描きながら、実は人間の「生と死」を見つめているのだ。
蝉の抜け殻のように、現世で背負ってきたものを一つ一つ、脱ぎ捨て、軽くなり、風に舞う木の葉のように、はかない存在である人でも、最後まで求めるものがあった。
昔、台湾へ家族で亘る時、長子の井上靖を祖母に預けて渡ったことを始終、心にかけて子供を探し求めていた、目の前に成人して、家長となった息子がいても、判別が出来なくなっていたから、いたましい。今では「痴呆」と言う言葉もあるが、昔は「もうろく」とか、ちょっと前までは「ボケ」とも言っていた。
こうした言葉は言葉として、これからも存在するだろうけれど、その言葉の裏には、冥界に行くために、このような一見、ちぐはぐな理解不能な現象を経ていくという理解もあってよく、現世の重いものは一切 不要になっていくのかもしれないという風に私は思いたい。それは家族としてはとても辛いことだけれども、そういう道も経て行かないといけないのかもしれない。
私自身も、89歳の母が曜日や時間間隔が次第に曖昧になり、何度でも同じことを聞く。
「今日は 水曜日?」
「今日は木曜日。何度言ったらわかるの、今日は木曜日よ」
「ああ そうだったね 明日は金曜日だね」
「そうよ、明日は金曜日よ。」
こんなやりとりを日々繰り返して、陰々鬱々の思いに打ちのめされることしきり。
姉妹のいない私は、母の介護を交代してもらう人がいないので、夫に助けてもらいながら、ディサービスとショートスティやヘルパーさんの助けを借りて、やりくりしている。
いつか、自分の行く道とは言え、若い時には読みきれなかったこの本を、ようやくこの年にして読んだことで、母の姿を少し 違った目で見る事が出来そうだ。
高校生の頃、氏の短編小説、『あすなろ物語』を読んだだけで、長編作を何も読んでいない自分が、この本だけは読みたいと思ったことだけ覚えている。
「天平の甍」、「氷壁」、「青き狼」、「敦煌」、「おろしや国酔夢譚」などの長編歴史小説の大家、巨匠の作品はどれも有名で映画化もされたが、私は原作は何も読んでいなかった。
その時、私は20代、母もまだ50代で元気そのものだったし、高齢の親への理解が至らなかったから、例え読んだとしても頭に入らなかったかもしれない。
ところが、読み直してみて、気が付いたのだが、当時、私の母は80代の実母を一人で介護していた。介護に対する社会の整備もなく女が家で親を看取るのが当たり前の時代で、兄弟姉妹のいない母は、たった一人で親の面倒を看ていた時だった。
今、思えば、どうやって耐えていたのだろう。
映画でも、井上家の家族や親族、お手伝いさん、書生など大勢の関わりが賑やかに描かれて、みんなが「おばあちゃん」との関わりでそれぞれの心配や気苦労を分かち合っている。何とも家族らしい家族で、他人でも関わりが深ければ家族同然の人間関係を紡いで深いつながりを作る事が出来る。井上家は大所帯。その賑やかさによって、言い争いでも何でも、救われている事が分る。
昨夜、読み終えてから眠れなくなった。
映画は、知っている俳優が演じていて、井上靖はどこまでも「役所広司」、おばあちゃんは「樹木希林」であり、末娘は「宮﨑あおい」であった。映画には映画のおもしろさがあり、素晴らしさがあった。しかし、原作には映画にない筆の力があるのを思い知らされた。
色も音もない代わりに、ペンが描きだす「おばあちゃん」の変化の描写は、読み終わった後々の余韻たるや、何といっていいのか、一寸言葉がみあたらない。
あちらの世界に渡っていくとはどういうことなのか、体が小さくなっていくとともに、記憶も消しながら、自分の家族までも忘れ、自分がどこにいるのかも次第に迷い、わからなくなり、人からは「もうろくしてきた」と見える所作も、すべては冥界に近付いていく道のりだと思うと、なんと哀しい事かと思う。魂も体も次第にこの世に少しずつ、別れを告げて行く描写に、自分の感覚が引き込まれていく。それは、冥界へ旅立つ
自分の姿に重なってきた。「わが母」を描き出す作家の筆は、読む人の魂にまで影響を及ぼす。井上靖という人は、母を描きながら、実は人間の「生と死」を見つめているのだ。
蝉の抜け殻のように、現世で背負ってきたものを一つ一つ、脱ぎ捨て、軽くなり、風に舞う木の葉のように、はかない存在である人でも、最後まで求めるものがあった。
昔、台湾へ家族で亘る時、長子の井上靖を祖母に預けて渡ったことを始終、心にかけて子供を探し求めていた、目の前に成人して、家長となった息子がいても、判別が出来なくなっていたから、いたましい。今では「痴呆」と言う言葉もあるが、昔は「もうろく」とか、ちょっと前までは「ボケ」とも言っていた。
こうした言葉は言葉として、これからも存在するだろうけれど、その言葉の裏には、冥界に行くために、このような一見、ちぐはぐな理解不能な現象を経ていくという理解もあってよく、現世の重いものは一切 不要になっていくのかもしれないという風に私は思いたい。それは家族としてはとても辛いことだけれども、そういう道も経て行かないといけないのかもしれない。
私自身も、89歳の母が曜日や時間間隔が次第に曖昧になり、何度でも同じことを聞く。
「今日は 水曜日?」
「今日は木曜日。何度言ったらわかるの、今日は木曜日よ」
「ああ そうだったね 明日は金曜日だね」
「そうよ、明日は金曜日よ。」
こんなやりとりを日々繰り返して、陰々鬱々の思いに打ちのめされることしきり。
姉妹のいない私は、母の介護を交代してもらう人がいないので、夫に助けてもらいながら、ディサービスとショートスティやヘルパーさんの助けを借りて、やりくりしている。
いつか、自分の行く道とは言え、若い時には読みきれなかったこの本を、ようやくこの年にして読んだことで、母の姿を少し 違った目で見る事が出来そうだ。