骨盤内腹膜炎①
ここまでの経緯を箇条書き。
①チョコレート膿腫が大きくなってきて手術することになった
②手術前に体外授精をした
③そののち骨盤内腹膜炎に感染→入院
入院してからも高熱を腹痛はまったく治まる気配はなく。
だいたい痛み止めと解熱が効く時間が3時間〜4時間くらいで、
薬が切れ始めると寒気で凍えて、ふとんに潜り込む感じでした。
そして一気に高熱が出て、また薬を飲んで汗だくで解熱するというサイクル。
誰かがお見舞いにきてくれる時間にコントロールして薬を飲むっていうのが
毎日生き抜く戦略でした(笑)
夜もそのサイクルで熟睡できる日はまったくなく。
そんなサイクルを1週間半続けました。
炎症数値(CRP)は以前高いまま、19とか。
調べると…
『重体な疾患の発症の可能性が検討される範囲が15〜20』
2日に一回の採血結果で、どんどん悪くなるばかり。
お腹は腹痛を過ぎて、なんだかカチコチになって膨らんでました。
【以下:gooヘルスケア骨盤内腹膜炎より】
急性期には下腹部の圧痛が認められ、腹壁の筋肉が緊張し硬く触れます(筋性防御(きんせいぼうぎょ))。内診では子宮や付属器に圧痛が認められます。
まさにこれ。
変な話、下向くと自分の股間あたりはふくらんだお腹で見えないくらい。
もう入院何日目か忘れたけど、先生が破裂したかもしれないと
焦って内診したけど、なんともなくて。
破裂すると感染した膿が全身を回って、命が危ないって言われたりもして、
何回か泣いて旦那に電話してました。
入院も暇だと思いきや、具合悪すぎて、寝るのに精一杯の日々。
入院から12日目。
この時点で右卵巣は12cm×15cmくらいに。こわっ。
もう膨れ方もあぶないし、ついに手術となりました。
サイズもサイズなので開腹かと思いきや、
腹腔鏡で手術が可能だそうで。本当によかった。
自己注射でひーひー言ってこわがってたけど、
手術が恐いより、自分の体の変化の方がもう恐怖で。
ここは案外すんなり腹をくくりました。
手術前日、
色んな説明と下剤と浣腸と水のようなご飯と。
手術の導入であんまり全てを真に受けると手術が緊張するので、
全部、人ごとのようにさらっと聞き流す方法で耐えましたw
おかげで手術当日も全く普通な感じで挑めました。
手術内容は
『卵巣にたまった膿を全部だし、チョコレート膿腫も切除し、
できるだけ卵巣は温存する』
ということでした。
でも中を見てみないことにはわからないらしいので。
さてどうなったでしょうか…。
チョコレート膿腫から手術まで⑧
あぁ…もう記憶が薄くなってきてしまっています。
自分のためにも、もっとすぐ書き残しとくべきだった!
ひとまず続きです。
インフルと診断されたけど、やっぱりおかしくて。
高熱と復活した猛烈な腹痛に耐えながら病院へ向かいました。
ひとまずインフルだったら
誰にも移してはいけないと思ったので…
受付にて
私:『すみません……。
インフル3日目なので別の場所で待たせていただけますか…』
と言い、えぇ…… なんでそんな中きたの……みたいな顔されましたが
もうこっちはそれどころではないし。
病院でも1人孤独に別室で待たせていただき、採血していただきました。
採血結果がでた15分後くらいかな……。
院長先生が焦った顔をして部屋に入ってきました。
先生:『本当にインフルって言われたんだよね??
CRP(炎症数値)が測れない位高くて、即刻入院になってしまうんだけど…
僕にはインフルだとは思えないけど、診断されたならその可能性もあるし…。
妊婦さんもいて、移すと大変なので隔離なんだよね。
うちの病院ではこんなこと初めてでね…
でも調整して絶対に入院させるから大丈夫!!』
この『入院』と聞いた瞬間の安堵感と
院長先生の言葉の安心感っていったらハンパじゃなかったです。
で、私は、インフル判定だった時私には線が見えなかった事などを話しました…。
先生:『じゃああちらの病院に電話をして確認してみましょう』
といって院長先生自ら、
うちの近所の病院に電話してお話してくださったみたいです。
先生:『あちらの先生はあなたのことすごく記憶していらして…
あの検査の線は絶対出ていて、絶対にインフルだったと
言われているんだよね…。困ったね……。
もう一回インフル検査してみようか????』
もちろんこちらの検査でもインフルは陰性。
その後はお腹を触診してもらって、
先生もあぁ……ってなってました。
そんなこんなで即刻入院となりました。
でもインフルの疑いの抜け切らないので(きちんと前の医者が診察した結果だかららしいです)
数日は面会謝絶と言われ、個室に隔離となりました。
…そうなのです。
近所の病院で、完全にインフルを誤診されたのです。
そのせいで婦人科の病院に来るのも遅くなったし、
孤独に隔離されました。
旦那にも家族にもここから3日間は会えず。
もう怒りしかないです。
あの病院、一生行くもんか。
そして病名は
『骨盤内腹膜炎』でした。
チョコレート膿腫のあった右側卵巣が採卵で刺激され感染症を起こしてしまい、
膿が溜まり腫れ上がって、高熱が出てたみたいです。
初めて聞く病名だったので、ググってみると
性感染症も原因のひとつとか出てきてウケました(笑)
そんな思い当たる事はまーーーったくないので。
というか完全にストレスと心身の疲労からの免疫力低下が原因だと思います。
チョコがあると感染症になる確率は健康な人よりかは上がるらしいのです。
私もそんなことはまったく知らなかったので、
チョコレート膿腫をもたれてる方は気をつけた方がいいと思います。
で、ふと思ったのですが。
一週間前に腹痛で受診した時に、
なんで感染症になっていることを早く見つけてくれなかったんだろうと…。
院長先生にも聞いてみたのですが、
その時は出血も終わっていて熱も出ておらず、
採血して調べるまで至ってなかったとか…。
ううーーーーん…とも思うけど。
まあ、振り返っても仕方ないし、近所の医者に比べると
院長先生を大信頼してるので、まあいっか!って(笑)
ひとまずは感染症に効く抗生剤を点滴をして
ひたすら炎症がおさまる待つということになりました。
院長先生から
『盲腸で命を落とすということがあるみたいに、
骨盤腹膜炎も下手すると命に関わることがあるので
そういった覚悟もしといてくださいね』
と言われました。
恐くて泣きました。
自分の命というのもにはじめて向き合いました。
でも…お医者さんは最悪のケースを言うのも義務らしいですね。
とにかく私のCRP(炎症数値)は異常値で、
かなりの重度の感染症みたいでした。
入院してからも、異常な悪寒からの高熱と腹痛は変わらないし、
炎症がよくなる抗生剤を探しながら使って、
病院でもひたすら耐える日々の始まりでした。
一つ入院してからの変化は、
日に日に右の卵巣あたりがどんどん膨らんできたこと。
上から触ると自分の卵巣の膨らんでいる形がはっきりわかるくらいでした。
もう痛いより、自分の体に何が起こってるのか……
ただただ恐くて。
あんまり見ないようにしてました。
というわけで、タイトルにある私のチョコレート膿腫は
この時点で骨盤内腹膜炎という感染症へと変わりました。
もう⑧まできちゃったので次からタイトル変えまーす。
チョコレート膿腫から手術まで⑦
採卵後2週間後からはじまった激痛のお腹の痛みに耐えつつ、
ボルタレンに頼る日々。
痛みは歩くと膿腫のある右腹と足の付け根に響き、
しばらくズキズキと動けないほど痛み、
休んだら良くなるといったものに変わっていきました。
人間とは恐いもので、こんな激痛にもやや慣れて…
このまま良くなってくんだろうなーと思っていた受診から4日後。
肩と腕が痛みはじめ…
突然の発熱。
38.5℃。
うわーーーなんてツイてないんだろう…。
この踏んだり蹴ったりっぷり。
高熱は市販の解熱剤では下がる事なく、
あ、、、、インフルだ……。
と近所の診療所を受診。
先生:『鼻も喉も全滅だね〜。
インフル検査もほら見て、A判定が出てるのでインフルだね』
と言われ、でも私は鼻も喉もなんの問題もないのになーと思いながら…
検査キットのインフル判定の線が私には全く見えず。
私:『私にはまったく線見えないんですが……』
先生:『あーーこれね。私は何千件も見てるからわかるんです。
僕には薄ーく見えるんだよね。
このタイプは1時間後にくっきり線がでるやつでね…』
医者がいうことは絶対だしね…
とインフルの薬を一式出していただき、
そこから5日間は人に移してしまうので
寝室に隔離され、ひとり孤独に過ごすことになりました。
…ほんとこの事を思い出すと怒りがこみ上げてくる。
だってインフルAの予防接種も受けてたし、
ホルモン注射中だとしっかり伝えてたし。
リレンザはインフルの特効薬で効き目が早いと聞いていたのですが、
高熱はいっこうに下がらず。
食事もとれず動けず、しかも熱が上がる度、耐え難い激痛の腹痛も復活。
でも薬の飲み合わせで鎮痛剤飲めないし…。
とにもかくにも必死に耐えて、耐えて、耐えました。
インフル判定の翌日も変わらずの高熱。
腰も痛すぎて、しまいには嘔吐まで。
色んな症状に襲われ、動く気力と意識も朦朧。
…もうこの時点でどこでもいいから即刻入院させて欲しいと思ってました。
インフル判定の3日後。
高熱下がらず。ついに39℃以上に。
もうもう本当に耐えるのは無理だ……。
絶対インフルじゃないし、
しかもこれは絶対入院だろうという確信もあり。
入院に必要な書類と数日分の着替え、
あと忘れてはいけないインフルの薬も一式バッグに入れて
病院へ向かいました。
家を出る前、ふらふらになりながら残りの力を振り絞って、
しばらく入れなくなると思って入浴と、
汗まみれのベットカバーを洗濯してから病院へ向かったこと。
今更ながら自分の行動に拍手です(笑)
1人孤独に激痛に耐え、不安で泣きながら
「やっぱりおかしいので旦那に病院行ってくる」と
電話かけたのを思い出します。
⑧へ続く