こんにちは、リブラです。

今回も「タフティ・ザ・プリーステス」の解説です。

 

レッスン11 変容

 

前回のおさらい

 

・目を覚まして、光を当てるというやり方で、あなたは台本から解放される。

 

・あなたはショーウインドーから出てきて、自ら動くマネキンとなる。

 

・あなたはまだ映画の中にいるが、コマの連続性からは抜け出している。

 

・その映画から離れて、あなた自身の映画を生きることができる。

 

簡単な出来事でコマの流れをコントロールすることがトレーニングであり、再プログラミングにつながる。

 

タフティ語録

 

映画;わたしたちが「現実」と呼んでいるもの。台本に従い登場人物も物事も展開する人生ライン。

 

台本;「自己認識」ができない人(眠りこけている人=内部か外部のどちらか一方のスクリーンに意識を向けっぱなしの人)を所有し、コントロールをする映画のシナリオ。

 

意識;気づきの状態に関わる。

 

意図;行動に関わる。ex.どこかにいこう。何かをしよう。

 

意図の三つ編み;不可視のエネルギーが三つ編みになったもの。

先端は背骨から突き出るように斜めになっている。

幻肢感覚のように感じることができる。

 

最善を尽くそうと思うとき、あなたは既にある現実と闘おうとするでしょう。

あなたの好きなようにすべての物事を変えようとします。

 

しかし、その自己流のやり方では、既に起こったことはもちろん、まだ起こっていないもさえ、「変える」ことはできないのです。

 

意図の三つ編みを起動して未来の1コマを照らすとき必要なものは、がんばりではなく集中力です。

 

未来の1コマを照らすとき筋肉が緊張すると、内部センター(額側)が活性化してしまいます。

 

外部センター(背中側)の三つ編みでこれから来る未来の1コマを照らすだけで、コマ自体が勝手に具現化していきます。

 

コマ照射メソッドをしているときは、コマに集中すること以外は何もしなくていいのです。

 

「何もしなくていい」ということが、どうしてそんなに重要なのでしょうか?

 

外部センターが機能するようにするためです。

 

外部センターは「ハイアーセルフ(高次の自分)」に近く、その指示に従うことで現実の方からやって来るのです。

 

三つ編みの先端は引っかけられるようになっていて、三つ編みを使ってあなたは操り人形のように操作されます。

 

自己認識を持たないときは、台本やあなたの意識を操る人形遣いに導かれます。

 

自己認識を取り戻すと、三つ編みを自由に使えるようになり、自分で自分を動かすことができるのです。

 

あなたは映像のプロジェクターであり、観客でもあります。

 

後ろからコマを映し出し、まるで自分は「何もしていないかのように」正面で映画を鑑賞するのです。

 

「タフティ・ザ・プリーステス」Lesson10を要約

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タフティの現実創造の方法自体はとてもシンプルで簡単です。

 

背中の三つ編みを少し持ち上げて、望む現実の未来の1コマを描き、意識をそこに集中させるだけです。

 

後は外部センター(ハイアーセルフ)の働きに任せて「何もしない(現実と闘わない筋肉を緊張させないがんばらない)」ことがルールです。

 

でも、シンプルで簡単過ぎることが、理性的な左脳に支配されるわたしたちにとってはかえって難しいのです。

 

そのルールは、わたしたちのエゴにとって理解し難いものだからです。

 

エゴは常に現実と闘う行動にわたしたちを駆り立てます。

 

幸せで満たされているときでも、「この幸せがずっと続くように確保せねば」と囁きます。

 

穏やかで平和な日常が続いても、「何にも変わらない。こんな平凡な日常無意味だ」と嘆きます。

 

変化の兆しを感じれば「これから先がわからない。今の安定が奪われるかも」と脅かします。

 

「目の前の現実と闘うことが唯一の解決策だ」とわたしたちのエゴは信じて疑わないのです。

 

外部センター(ハイアーセルフ)の働きに任せて「何もしない」なんて聞くと、「狂気の沙汰だ」とエゴはざわめきます。

 

「何もしない」というのは、わたしたちのエゴにとっては死刑宣告と同じくらいの恐怖なのです。

 

それはわたしたちのエゴが意識界の副人格の1つなのにもかかわらず、物質界の身体が自分なのだという幻想を抱いているからです。

 

実体のない存在なのに形ある世界の自分を認識しようと必死なのです。

 

何かをやり遂げなければ、誰かに認められ・愛されなければ、自分を証明しなければ消えてなくなってしまう恐怖にエゴはいつも怯えているのです。

 

だからわたしたちのエゴは、Being(存在)よりもDoing(行動)を優先します。

 

けれどもそのDoing(行動)は、望まない映画のストーリーに乗せられているのにも気づかず、たった一人で台本の筋書きに抗うコースに向かわせます。

 

どんなに頑張っても気がつけば、同じパターンの繰り返しになっています。

 

台本に囚われ、心の自由を絡めとられ、同じ思考回路パターン化した反応に従う行動を繰り返すからです。

 

心が発振する周波数が囚われて自由のないものならば、向こうからやって来る映画(現実)も囚われて自由のない筋書きになります。

 

望まない映画の台本から解放されるには、これから起こる現実の1コマに望む未来を自由に描き、意識を集中させてトランサーフィンで望む映画に乗り換えるしかありません。

 

エゴだけの力でやろうとしても、それは叶いません。

 

外部センターのハイアーセルフ(高次元の自分)台本から自由になる鍵を握っているからです。

 

自己認識を持たないときは、台本やあなたの意識を操る人形遣いに導かれます」

 

自己認識を取り戻すと、三つ編みを自由に使えるようになり、自分で自分を動かすことができるのです」

 

取り巻く世界を動かしているのは外部センターで、その起動スイッチである三つ編みの先端は引っかかるようになっていて、それにわたしたちは操られるようになっています。

 

わたしたちが自己認識を持たない(ありのままの自分の存在を認識できない)とき、当然ほんとうに望む自分の未来は描けないので台本やそこに登場する人物たちに操られることになります。

今いる映画の台本にお任せという状態です。

 

わたしたちが自己認識を持つ(ありのままの自分の存在を認識できる)とき、ほんとうに望む自分の未来を描くことができます。

 

それはハイアーセルフ(高次元の自分)の意図と一致するので神羅万象・万物が味方になり、取り巻く世界を動かし、望む映画へのトランサーフィンが努力なしで可能となるのです。

 

コマ照射メソッドを行うときは、ほんの一瞬です。

 

その一瞬だけでも、意識の集中以外は「何もしない(現実と闘わない筋肉を緊張させないがんばらない)」こと。

これが今回タフティが教えてくれた現実創造のコツです。

 

それが難しかったら、日常生活の中で「何もしない(現実と闘わない筋肉を緊張させないがんばらない)」ことがどのくらいできるのか、リラックスしたいときにリラックスできて、力が入っているときに一息ついて力が抜けるのか試してみるとよいでしょう。

 

ハイアーセルフ(高次元の自分)は、現実と闘わないし、踏ん張ったり、努力したりしませんよね。

 

ですから、ハイアーセルフ(高次元の自分)が与える指示も、現実と闘わない、踏ん張らない、努力なしなのです。

 

ほんとうに望む未来は、現実と闘わない、踏ん張らない、努力なしの世界のはずです。

 

次回も「タフティ・ザ・プリーステス」の解説を予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

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新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。