こんにちは、リブラです。

今回は「ミルトン・エリクソン心理療法<レジリエンスを育てる>」の第2章の解説です。

 

*エリクソンの娘のベティ・アリスがエリクソンに助言を求めた5歳の少年のケース

 

5才の少年が自動車事故現場に遭遇し、片脚を切断された男性が路上で横たわっているのを目撃してしまいました。

 

その少年はそのことについてたくさん家族に語り、その男性の絵をたくさん描いて見せました。

彼は事故以来、四六時中その痛ましい光景が心に浮かび、かき乱されていました。

 

少年の両親は、自動車事故はめったに起こらないと説明を試みたり、もう、あのときの絵は描かないでほしいと頼んだりしましたが、彼はあの恐ろしい光景に固執し続けました。

 

ベティ・アリスが父エリクソンにそのケースを話し、助言を求めると

少年が直面しているのは自分自身の両親がその大惨事に遭遇する可能性であり、幼い子どもによくあるように、彼は自分自身の将来について心配している。これらは少年自身にはたぶん理解できない感覚だと説明しました。

 

そして、「こうしたタイプの不安は理論的に取り組んでもまったく効果がない。

脚を切断された男性の絵を両親に1枚選んでもらい、それを褒めてもらうといい。

 

たとえば、血まみれの場面をいかにうまく捉えて描写しているか。

男性の顔の表情の正確さについて、少年を褒めなくてはならない。

 

その上で、医師に助けられた後の男性の絵を描いてほしいと、心から少年に頼むのだ。

その少年は自分ではどうしょうもないジレンマから抜け出す方法を探しているのだよ」と助言しました。

 

事故後回復した男性の絵を実際に描くと、少年は幕引きの感覚を味わい、幸せに暮らしていくのに必要な希望を持つようになりました。

 

変化は生じうるという認識こそ、最重要ポイントとしてセラピーで伝えるべきです。

それゆえ、エリクソンは、不可能と思われる治療を約束することは避け、ときに逆説的に、失敗の必然性を断言しました。

 

ー「ミルトン・エリクソン心理療法<レジリエンス>を育てる」ーより

 

わたしたちは、ショッキングな出来事に遭遇して心的外傷を負うと、しばらくの間何度も何度もそのシーンが心に浮かび、そのことに囚われて他のことが考えられなくなります。

 

失恋、親密な関係の人の死、失業、経済危機、重篤な病気の発覚・・・など、その事実を受けとめるにはつらすぎて混乱し、そこで時間がストップたかのような状態に陥ります。

 

繰り返し、繰り返し、つらいシーンが甦りその感情が襲ってくるのです。

 

こんなとき心の中はどうなっているのでしょうか?

ショッキングな出来事について、繰り返し自分に関連づけて「起こりうること」を想定している(妄想している)のです。

 

どこかの地域に大地震が起こったというニュース映像が流れると、無意識に今地震が来たらどうなるのだろう?電気やガスや水道が使えなくなったら、住むところがなくなったら、水や食料がなくなったら大変だ!今から備えておこうと行動に出るでしょう。

 

危機の情報→自分に関連づけて「起こりうること」を想定(妄想)→危機に備えるための何らかの行動をして安心する→その案件から注意を逸らすことができる。

という思考の流れを、大人ならばできるのです。

 

生きてきた年数だけ、様々な危機がどんな未来をもたらすかの情報を見聞きしているので、最後まで「起こりうること」を想定する(妄想する)ことが可能だからです。

 

けれども5才の少年だったら、「もしも、お母さんが交通事故にあったら・・・?お父さんが交通事故にあったら・・・?僕どうなるの?」という考え(妄想)がめぐり、未来の情報不足で結末がわからないから延々と続くのです。

 

わたしたちの潜在意識は不眠不休で働くタフな従者で、とくに危機に対する想定には半端なく力を注ぎます。

顕在意識が1つ疑問を投げかけると、答えが出るまでずっと探し続けるのです。

 

こんな経験ないでしょうか。いろいろ考え事をしながら眠りに就くと、眠ったはずなのにどっと疲れることが。

 

それは気のせいではなく、ほんとうに睡眠中も脳を働かせて答えが出るはずもない理不尽な問いについて思いを巡らせていた証拠です。

だから、疲れるのも当然です。答えはないのに探し続けているですから。

 

なんでそこまで?と思うでしょう。

思考が浮かぶと、それに伴う感情が発生し、その感情は身体にも波及します。

それがネガティブな感情ならば、脳内でノルアドレナリンが分泌されます。

 

ノルアドレナリンが分泌されると、それは身体にとって「逃げるか、闘うかせよ!」という指令が出たも同然です。

臨戦態勢に入ったというお知らせが身体に流れたことになります。

 

逃げるか、闘うかするには、どこに逃げるのか、何と闘うのか示されなければ行動できません。

ノルアドレナリンが分泌されて臨戦態勢に入っているのに、一向にどこに逃げるのか、何と闘うのか示されなかったとしたら、身体は混乱し、不安に駆られますよね。

 

逃げるか、闘うか」しないと生き残れないかもしれないのに、どこに逃げるのか、何と闘うのかがわからず、身体は指示待ちをしているのですから、他のことに注意を逸らす気になれません。

 

このエピソードの5才の少年の心の中は、こんな状態だったのです。

そして、エリクソンがした助言は、「今の状態を肯定して認めること」と「現状がどのように変化し、この先どうなっていくかの想定に足る情報与える」と「その情報を基に未来を想像力と創造力を使って表現させる」ことでした。

 

5歳の少年に限らず、エリクソンのこの助言は、心的外傷を負った過去から離れられない状態のときとても有効です。

 

今の状態を肯定して認めること」と「現状がどのように変化し、この先どうなっていくかの想定に足る情報与える」と「その情報を基に未来を想像力と創造力を使って表現させる」ことを実行すると、

 

<危機の情報→自分に関連づけて「起こりうること」を想定(妄想)→危機に備えるための何らかの行動をして安心する→その案件から注意を逸らすことができる>コースを潜在意識は、1つ完了させることができるからです。

 

これを終わらせてあげないまま、次の危機も、またその次の危機も思考に浮かばせると、潜在意識は未解決危機案件に振り回されて精神疲労を募らせていくのです。

 

この状態では、<レジリエンス(挫折や絶望からの回復力)>を発動するどころではなくなってしまいます。

 

ですから、危機情報は同時にいくつも思考に上らせるのではなく、1つづつ、一応未来の結末までの想定(妄想)をして、どんな感情が浮上してくるのかを言語化し書いてみるのです。

 

想定(妄想)は自分の想像力でイメージするので、明るい(ポジ)のでも暗い(ネガ)のでもOKです。

不安の靄がなくなるまで、未来の想定の思考とそれに伴って現れる感情を書き表していきます。

 

すると、潜在意識は、危機的案件に対しての処理を終えられるので安堵します。

危機的案件を思考した過去~想定した未来までの情報で潜在意識は変化を受け止めて、落ち着くのです。

 

潜在意識が安堵してはじめて、<レジリエンス(挫折や絶望からの回復力)>が発動します。

 

危機的案件の一部始終が、ポジバージョンだろうがネガバージョンだろうが想定できたのなら、今、自分のできることを1からコツコツ現実化していくファイトが湧いてきて、挫折や絶望から立ち上がる力を得るのです。

 

次回はミルトン・エリクソンの心理療法<レジリデンスを育てる>の解説を予定しています。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。