こんにちは、リブラです。今回は、ナポレオン・ヒルの「悪魔を出し抜け!」第10章の解説です。

 

ヒル「3つ目の欲求(中途半端な意見を述べること)は自制心とどういう関係にあるのでしょうか?」

 

悪魔「『中途半端な意見述べる』人間は、想像だけで自分の意見や考えや計画を作り上げる傾向がある。

そんなことばかりしていると、人間の意見は、あっちに飛びこっちに飛びして、一向に定まらなくなる。

 

また、自分の発言に不注意な人間は、当然『流される』習慣を身に着け、ヒプノティック・リズムに巻き込まれる

 

ヒル「求められもしないのに自分の意見を述べる人がこんなにもたくさんいるのはなぜでしょうか?

 

悪魔「かれらはそうすることで自惚れ虚栄心を満たそうとしているのだ。

 

自己を表現したいという欲求は誰もが生まれながらに持っている。

その裏には、他人の関心を引いて好印象を与えたいという気持ちがある。

 

また、おしゃべりな人間は、他人の話に耳を傾けて、そこから何かを学ぶという機会を逃していることが多い」

 

ヒル「でも、話が上手な人というのは、巧な話術で人の関心を引きつけているのではありませんか?

 

悪魔「確かに、話術にたけた人間はそれだけで人を引きつけという大きな脳力を持っている。

しかし、求められてもいないのに自分から勝手に話すのでは、その脳力を活かすことはできない。

 

情感を込めて、力強く自信を持って話ができるという脳力ほど人間を魅了するものはない

 

ヒル「自分の意見を文書にしたがる人についてはどうですか?

 

わたしはある有名雑誌の編集者に1度だけ批判的な手紙を送ったことがあったのを思い出しました。

おかげで、その雑誌での高給優遇の職をふいにしてしまったのです」

 

悪魔「それはまさにぴったりの例ではないか。

自制心を養うには、まず今の自分を見つめ直すところから始めることだ。

 

人間に影響を与えることができるものは、その本人と大自然の力以外にはないのだ。

 

自分で自由にものを考える特権を、他人から奪う権利を持った人間は、過去にも現在にも未来にも1人もいない。

 

人間が完全に自分でコントロールできる唯一のものなのだ。

 

人間が唯一頼りにできる力は1つしかない。

それは自分自身だ。自分の思考が持つ力。人間が唯一コントロールでき、頼りにできる力

 

ー「悪魔を出し抜け!」第10章よりー

 

人間の自制心を失わせる欲求の1番目は食欲で、2番目は性欲で、3番は「中途半端な意見を述べること」でした。

 

この3番目の欲求の裏には、「他人の関心を引いて好印象を与えたい」という自惚れ虚栄心があると悪魔は指摘しています。

 

食欲や性欲などの本能的欲求に比べたら、「他人の関心を引いて好印象を与えたい」という欲求は人間らしい高度な欲求です。

 

どのくらい高度な欲求かといいますと、マズローの5段階欲求の上から2番目の「承認欲求」にあたります。

 

「生存欲求」→「安心安全欲求」→「所属欲求(人間関係に属したいという欲求)」→「承認欲求」→「自己実現欲求」

 

という順番に欲求は進化していきます。

 

所属欲求までは、何らかの形で誰かと人間関係を結んでいれば、そこそこ満たされます。

けれども、「承認欲求」から上はなかなか超えるのが難しいのです。

 

それはなぜかというと、「承認欲求」が「他者承認→自己承認」と2段階になっていることに気づかず、「他者承認」で満たされることを追い求めてしまうからです。

 

「承認欲求」を他者に求めている限り、けして「承認欲求」は満たされません。

「承認欲求」は次の「自己実現欲求」引き出すためにあるからです。

 

唯一無二の自分をこの世に実現したいと思うとき、必要なことってなんでしょうか?

「自分を知り、自分を認めること」ですよね。

それがなかったら、何を実現したら良いのかわかりません。

 

では、「自分を知り、自分を認める」にはどうしたらいいのかといえば、

自己表現することが必須です!

 

自分の思うこと・感じることを表現すると自分の本質が引き出され、さらにそれを客観的に観察することで自己認識できます。

 

ですから、「中途半端な意見を述べること」をするべきでないのです。

「わたしは中途半端な人間です!」と宣言しているようなものですから。

 

そして、なぜ、他者承認を超えないと自己承認に行けないのかと言えば、

他者の評価や賞賛を気にしている状態=「他人の関心を引いて好印象を与えたい」欲求に囚われた状態だからです。

 

唯一無二の自分の本質を引き出すような自己表現は、他者の評価や賞賛を気にしている状態ではできません。

 

そうは言ってもわたしたちの育った社会では、他者の評価や賞賛を基準に自分を査定する考え方が根深く刷り込まれています。

 

この刷り込みを剥がすために(「承認欲求」を超えさせるために)、1977年にキロンと名付けられる天体が発見され、占星術に使われるようになったのではないかと、わたしは密かに思っています。

 

キロンの存在するハウスの分野では、とても強い苦手意識を発生させます。

土星が存在するハウスもコンプレックスを持ちやすいですが、土星の場合は現実的な努力をすることで克服し、自信に転換することができます。

 

しかし、キロンの場合は、際限なく努力して結果を出し、周囲の人々が認めても、本人だけは劣等感を抱き過小評価を続けるのです。キロンが克服されるのは「自己承認」するときだけです。

 

キロンはいて座神話の主人公の半神半獣のケンタウロス族の医師です。

病気だけでなく心の傷まで癒す天才的な医師であり、教師でもあるのですが、弟子の流れ矢が誤って当たり、矢じりに塗られた毒の苦痛に耐えかねて、不死の命を巨人にあげて死を選んだのです。

 

不死であり、自分を癒す能力もありながら、それを認めることができなくて死ぬこと選択してしまったキロンですが、彼の功績は讃えられ、星座として天に上げられました。

 

キロンと名付けられた天体も、ホロスコープの中で「自己承認」ができず苦手意識を発生させます。

 

でも、キロンが半神半獣で痛み感じる肉体を持ちながら神の癒しができるように、キロンの存在するハウスは「最もできない状態~極めて優秀な状態」まで発展します。

 

「自己承認」に至るためには、自分ができたところまでを認めて、苦手意識に苦しんでいる人に導き与える経験が必要です。

 

わたしは、土星もキロンも1室(本人のハウス)にありますから、10代の頃は自己嫌悪の塊でした。

だから、10歳の頃から占星術を独学で学び始め、自分を知る努力を重ねました。

 

28歳のときのサターンリターンで土星の現実を生きる自信を身につけたとき、自己嫌悪は脱却できました。

でも、キロンの自分に対する劣等感や過小評価は続いていました。

 

だから、ずっとホロスコープで自身の心の問題に取り組み続け、すべての問題はハードアスペクトの投影現象だったことを突き止めました。

 

それからは、いろいろな人々の相談にホロスコープで答えるようになり、今ではそれが生業になっています。

 

キロンのあるハウスを極めて、自分ができたところまで認め貢献のツールとすると、弱みは得意分野に転換するのです。

キロンはその道のエキスパートになる分野を教えてくれます。

 

次回は「悪魔を出し抜け」の解説を予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちら をご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。