こんにちは、リブラです。今回は、ナポレオン・ヒルの「悪魔を出し抜け!」第8章の解説です。
ヒル「親族への愛も危険なのですか?」
悪魔「愛とは、理性を曇らせ、意思の力を奪い、人間の目を事実や真実からそらしてしまう心の状態をいうのだ。
愛はわたしが人間を惑わすときに使う最も効果的な餌なのだ。
他のどんな餌にもかからなかった人間でも、愛という餌を使えば『流される』習慣に引きずり込むことができる。
『愛と恐怖』、この2つが組み合わさると、『流される』人間を作る際の最も強力な武器となる。
『愛と恐怖』の力の前には意思も理性も完全に無力となる。
意思と理性のないところに明確な目標は存在しない」
ヒル「愛を感じられないような世界で生きていても意味がありません」
悪魔「愛は人間にとって好ましい心の状態ではあるが、同時に、意思や理性の力を制限したり破壊したりする言い訳としても使われることもある。
自分の意思で決め自由に生きることを望む人間にとっては、愛よりも意思と理性の力の方が重要なのだ」
ヒル「つまり、自分で生きる力を得た人間は、自分の感情にも厳しく、恐怖には負けず、愛に溺れないことが必要だということですね?」
悪魔「人間が自分で生きる力を獲得し、それを持続させるためには、自分のあらゆる思考と行為において明確であることが必要となる。
おまえの『厳しい』という言葉がそのことを意味するなら、確かに人間は厳しくあるべきだろう」
ー「悪魔を出し抜け!」第8章よりー
悪魔は人間の心の中に住む実体のない意識(エゴ)なので、血も涙もありません。
「愛とは、理性を曇らせ、意思の力を奪い、人間の目を事実や真実からそらしてしまう心の状態」ときっぱり言い切り、人間を惑わす餌扱いです。
悪魔の「分離思考」において愛の価値なんてその程度のものなのです。
形あるもの・優れているもの・有益なものには価値を置くけれど、見えないもの・劣っているもの・無益なものと見做すとわたしたちのエゴも、社会も直ちに「価値無し」の烙印を押しますよね?
だから、感情に振り回されず、感情を操ることができ、それが悪魔の強味となっています。
一方、わたしたち人間とっては「愛を感じられないような世界で生きていても意味がありません」とヒルが言うように、最も大切なものです。
悪魔に操られてさんざんな目にあっても、何百回もの輪廻転生で骨肉の愛憎ドラマを繰り返しても、わたしたち人類は愛を求めて生きることをやめられません。
「愛の欠乏感」に堪えかねて心に蓋をして、意識を「明確な目標」に向けて望みを達成しても虚しいだけです。
AIのように感情に惑わされず、願望達成マシーンになりきることをわたしたちの魂意識は望まないからです。
人間の転生の真の目的は、魂意識とエゴの葛藤を人生を通して統合し、共同創造で自己実現に至ることです。
「愛の欠乏感」はそのために魂意識が設定した1つのしくみです。
魂意識は神の分霊なので、その愛も神と等しく、無条件で無制限で自由です。
未熟なエゴと人間の転生を歩んでいても、いっさい差し出がましい導きはしません。
選択の自由を与えて観察に徹するのです。
失敗を選択する自由、その失敗に自分で気づく自由、その失敗から学び自分らしいやり方で乗り越える自由を与え、未熟なエゴが精神的な成長を遂げるプロセスを見守っているのです。
これが魂意識(神)の愛(無条件で、無制限の愛)です。
歩みは遅れても、未熟なエゴの選択の自由と成長のチャンスを損なわず、共同創造のゴールを目指すのです。
悪魔(エゴ)の「分離思考」(機能性・合理性・生産性のみを優先する考え)とは、真逆です。
それゆえ、悪魔(エゴ)は、魂意識(神)の愛を理解できません。
そこで、選択の自由と成長のチャンスを損なわずにエゴとの共同創造へ誘導させるためのしくみとして、魂意識は「愛の欠乏感」を設定したのです。
わたしたちの社会は「分離思考」(機能性・合理性・生産性重視)で回っていますから、その価値観にどっぷり浸かると、魂意識(神)の愛(無条件で、無制限の愛)に背を向け、見えないもの・劣っているもの・無益なものを人生から排除するようになります。
そうすると、自動的に「愛の欠乏感」が発動し、自分のいま手にしている物や関係や環境に虚しさを覚えるしくみになっているのです。
「愛の欠乏感」が発動すると、「ほんとうの愛が欲しい。それ以外はいらない」という気持ちに駆られますから、それまで価値を置いていた「形あるもの・優れているもの・有益なもの」は急に色あせて見えるようになります。
「愛の欠乏感」は、「分離思考」(機能性・合理性・生産性重視)を強制終了に導くシステムなのです。
ここで、エゴ主導から魂意識主導へ価値観の変換が行われるわけです。
しかも、エゴが自らそれを選択するように魂意識は水面下誘導するので、エゴからしてみれば、何をしても「愛の欠乏感」が埋まらないから、「自分の心に意識を向け、置き去りにしてきた感情の蓋を勇気を奮って開けてみた」→「劣っている、ダメな子と烙印を押されたインナーチャイルドを自分の存在の一部として認める」→「ローアーセルフとハイアーセルフの統合で、『ありのままの自分』が愛の根源であることに気づく」という形に至るのです。
エゴは知らない間に、精神的成長と魂意識との共同創造のプロセスに軌道修正させられるのです。
そして、『ありのままの自分』の愛の根源は、自分を愛すること(エゴやインナーチャイルドなどのローアーセルフを責めずに育み、人生のかけがえメンバーとすること)で、無限供給の愛のエネルギーが湧いてきます。
だから、『ありのままの自分』の愛の根源からで「愛の欠乏感」を埋めるのに代償を支払う必要はないのです。
悪魔はこの章で「人間は自分の感情に厳しくあるべきだろう」と言ってますが、「分離思考」を手放し、自分を愛することができれば、「明確な目標」の力で欲しいものを獲得しても、「代償の法則」のマイナス面の影響は受けることはありません。
次回は「悪魔を出し抜け」の解説を予定しています。
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