こんにちは、リブラです。今回は、ナポレオン・ヒルの「悪魔を出し抜け!」第4章の解説の続きです。

 

ヒル「あなたがどんな方法で人間の意識を操るのか、1番巧妙なトリックについて話してください」

 

悪魔「それは『流される』という習慣を確立させて操るトリックだ。いったん『流される』ようになった人間は、おまえたちが地獄と呼ぶ場所へと真っ直ぐに向かう

 

ヒル「あなたが人間を『流される』ように仕向けるときに使うすべての方法について説明してください。まず、『流される』という言葉の意味の定義からお願いします」

 

悪魔「自分の頭で考える人間は流されたりしない。『流される』人間は、周りの状況に影響を受けコントロールされても、それに抵抗せず、自分で考えるのが面倒で、むしろ悪魔が自分の意識を支配し、自分の代わりに考えることを歓迎する。

 

人生に何を望めばいいのかわからず、ただぼんやり過ごすだけ。あれこれ意見は言っても、それは自分で考えたものではなくわたしが吹き込んだものだ。

 

だからわたしは『流される』人間の思考をコントロールし、その意識にわたしの考えを植え付けることができるのだ」

 

ヒル「では、人間を『流される』ように仕向けるのに、具体的にはどの習慣を使うのか、人間の意識はいつ頃から、どのようにあなたに支配され始めるのでしょうか?

 

悪魔「まず、誕生前に、祖先が持つ弱点をできるだけ多く引き継がせることで、その人間が低い脳力でこの世に生まれてくるように仕向ける。お前たちはこの原理を『遺伝』と呼んでいる。

 

生まれたあとは、おまえたちが『環境』と呼ぶものを利用してコントロールする。習慣の原理が登場するのはここからだ。

人間の意識は習慣の積み重ねにすぎない。わたしは人間の意識の中に一つ一つ習慣を作り上げ、最後にはその意識を完全に支配するのだ」

 

ヒル「人間の意識をコントロールするとき、1番よく使う習慣は何ですか?」

 

悪魔「わたしは思考を通して人間の意識に入り込むが、人間はみなその思考を自分のものだと勘違いする。中でもわたしの役に立つのは、恐怖、迷信、金銭欲、貪欲、情欲、恨み、怒り、虚栄心、そして怠け心。この9つの扉のうち1つあるいは複数を通ることで、わたしはどんな人間の意識の中にも入ることができる。

 

その扉の締め方を学ばれてしまう前の幼い頃に、その意識を支配してしまえば、あとはいろいろと習慣をつけさせることで、その扉は永久に開いたままになる

 

ー「悪魔を出し抜け」第4章よりー

 

わたしが精神科に勤務していたときに、精神疾患と遺伝の関係の話を精神科医から聞いたことがあります。精神疾患は、脳内で分泌されるドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質と関わりがあるので遺伝的な要素もある反面、それが症状として発症するのは環境的要素も関係するというのです。

 

特に環境的要素の方は、親が子にどのような育て方をしたかが重要で、たとえ発症しても社会適応できるのかできないのかぐらいの大きな違いを生むそうです。

 

わたしたちの脳は、生まれたときはかなり未完成な状態です。電気的刺激が神経細胞に伝わり興奮することで脳は働くのですが、生まれたばかりの頃は無髄神経といって、髄鞘(神経細胞についているカバーのようなもの)がついていません。

 

そのため、脳内にインパルス(電気的刺激)が流れると漏電状態になり、全部の神経細胞が興奮します。全脳が刺激されて働くので、言語を丸暗記で覚えることが可能なのです。成長するにつれ、無髄神経に髄鞘がついて有髄神経になっていきます。

 

有髄神経になると速く的確にインパルスが伝わる反面、連携する神経細胞にしか刺激が届かないので、意味を理解して思考回路を作らないと覚えられなくなります。12~14歳ぐらいまでに脳の神経細胞の髄鞘化が完了するといわれています。

 

ヒルの呼び出した「悪魔」は、この無垢でやわらかな子どもの脳に、親をはじめとする養育者を介して侵入すると言っています。大人たちは当然、「悪魔」の支配を受けていますので、何でも鵜吞み丸のみで情報を吸収する子ども時代は、「悪魔」にとってとても仕事がやりやすい期間だということです。

 

「わたしは思考を通して人間の意識に入り込むが、人間はみなその思考を自分のものだと勘違いする」という部分を読んで観の良い読者の方々はお気づきだと思いますが、「悪魔」というのはヒルのエゴマインド(身体意識)なんだと思います。

 

エゴマインドは「生き残り」のための生存本能由来の意識です。意識ですから実体はなく、エゴマインドは思考を道具にしてわたしたちの心をコントロールします。わたしたちは社会的な生き物なので、エゴマインドなら当然社会のルールや大人たちが教えることを手っ取り早く覚えて、「生き残り」に有利な状態を作ろうとします。

 

そしてエゴマインドの反対勢力(神)は、人間の中では神の分霊の魂意識になります。

「悪魔」は「恐怖、迷信、金銭欲、貪欲、情欲、恨み、怒り、虚栄心、そして怠け心。この9つの扉のうち1つあるいは複数を通ることで、わたしはどんな人間の意識の中にも入ることができるといっていますが、それらは「悪魔」(エゴマインド)がネガティブな思考を操って引き出した結果としての感情であり、ほんとうはそのきっかけとなる「思考回路(観念)=定着した考え方」の方が原因なのです。

 

「流される」習慣は「恐怖、迷信、金銭欲、貪欲、情欲、恨み、怒り、虚栄心、怠け心」ばかりが「悪魔」の侵入を許す扉になるとは限りません。むしろ、よかれと思って教育したり、習慣にしたりするわけですから、一見、ネガティブじゃなさそうな「思考回路(観念)=定着した考え方」の方がたちが悪いのです。

 

たとえば、愛する人や親しい人を喜ばせたくて、あるいは善意を感じてそれらの人々と意見を一致させることが習慣になったとしても「流される」習慣はついてしまいます。

 

「流される」習慣を手放そうするとき立ちはだかるのは「愛する人や親しい人を配慮して何がいけないの?」という思いや、「流されない」態度を貫くことで発生する「これはわたしのわがままで周りに迷惑をかけているのではないか?」という思いなのです。

 

エゴならば善・悪、ポジティブ・ネガティブなどの二極化した「分離思考」をするので、ヒルが呼び出した「悪魔」が「ネガティブ思考や感情」だけに注目するのは納得がいきます。

 

「悪魔」がエゴマインドならば、外から侵入するのではなく、人間の意識を構成する下層意識の1つです。エゴは敵ではなく、けして切り離せない自分の一部です。自分を物質界で安楽に生き残らせることに全力を注ぐ、身体意識なのです。

 

「悪魔を出し抜け!」というより「悪魔(エゴ)から主導権を奪還して魂意識との共同創造に参加させよう!」というのがゴールとなるでしょう。「悪魔」の告白は、自身のエゴマインドの取り扱いを知る有力な情報となるはずです。

 

個を重んじるエゴマインドだからこそ、「流される」習慣に危機感を覚え、それを使って人間の心の主導権を奪いコントロールしたくもなるのでしょう。「流される」習慣は自我の喪失に通じますから。

タオ流の「大いなる源」の摂理に「流され」て身を任せる「サレンダー」は、エゴ(悪魔)には理解できないことなのでしょう。

 

実際、わたしたちの思考が頭の中で囁く声は、わたしたちの意識を従順で管理しやすい状態にしておくための選択ばかりを勧めてきます。

 

魂意識に主導権を持たせてその問題を眺めるなら、「わたしのチャレンジや冒険は、意識でひとつになる『大いなる源』の宝になるから、愛する人や親しい人が反対したとしても、それはわたしのエゴとの葛藤劇を見せてくれたにすぎない」と考えるでしょう。

 

外の世界に「流される」のではなく、内なる魂意識の純粋な衝動に身を任せることが1番自然でストレスのない在り方です。

 

「流されているかいないか」の判断に困ったら、その根底に<内なる純粋な衝動><神の愛(選択の自由)>があるのかないのかを考えてみましょう。その2つが揃っているならば、外側の世界の人や状況に流される心配はありません。

 

次回はエリクソンの「わたしの声はあなたとともに」の解説を予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちら をご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。