こんにちは、リブラです。今回は、ナポレオン・ヒルの「悪魔を出し抜け!」第3章の解説の続きです。

 

 

 

悪魔「人間の意識をコントロールするのに最も適した道具は恐怖だ。人間の意識に恐怖の種を植え付けると、やがてその種は芽を出して成長する。そうやって恐怖が占拠した空間をわたしがコントロールするのだ。

恐怖の中でもとりわけ次の6つが最も効果が高い。貧困、非難、病気、失恋、老い、そして死への恐怖

 

ヒル「そのうち最もよく使うのはどの恐怖ですか?」

 

悪魔「貧困と死だ。わたしはすべての人間に対して、このうちいずれか、あるいは両方を使ってわたしの支配力を強化する。

わたしは非常に巧みにその恐怖の種を人間の意識の中に植えつけるので、彼らはそれを自分で作り出したものだと思い込んでいる。さらにわたしは、『あの世の門の向こう側で悪魔が待ち構えて死んだ人間に永遠の罰を与える』と信じ込ませる。

 

もちろん、わたしは人間を罰することなど実際にはできない。唯一できるのは、人間の意識の中に何かの恐怖を起こすという罰だけだ。しかし、現実には存在しないものへの恐怖は、現実に存在するものへの恐怖と同じくらい効果的だ。形はどうであれ、すべての恐怖は人間の意識の中でわたしの占拠する空間を広げてくれる」

 

ヒル「あなたがどのようにして人間をコントロールできるようになったのか、説明してもらえないでしょうか?」

 

悪魔「それはもう何百万年も前の出来事だ。人間が初めて考えるようになったときのことだ。それまで人間を支配していたのはわたしだけだった。しかし、わたしの敵どもが積極的思考の持つ偉大な力を見つけて人間の意識の中に植えつけたのだ。

 

そのときからわたしの支配権を守る闘いは始まった。今のところ、わたしは一人でよく闘っている。対抗勢力に奪われたのは2%だけだ」

 

ヒル「敵というのは『考える人間』のことを言っているのだと思いますが、それでよろしいですか?」

 

悪魔「ちっともよろしくはないが、その通りだ

 

ヒル「あなたが住んでいる場所について、もう少し教えてください」

 

悪魔「わたしはどこでも好きな場所に住むことができる。わたしには時間や空間は存在しない。わたしは1つのエネルギーなのだ。わたしにとって1番居心地のいい物理的な場所は人間の意識の中だ。

 

すべての人間の脳の一部はわたしが支配している。それがどのくらいの範囲になるかは、その人間が何をどのくらい考えているかによる。さっきも言ったように、わたしは考える人間(恐怖と反対側の思考をする人間)を完全に支配することはできない

 

ヒル「さきほど、対抗勢力と言われましたが、それはどういう意味ですか」

 

悪魔「この世界に存在する、愛、信念、希望、楽観主義といった積極的な力は、すべてわたしの対抗勢力(神)が支配している。対抗勢力はまた、宇宙を制御する自然法則のうちの積極的な要素も支配している。地球や惑星といったすべての星が一定の調和のもとに動いているのもこの力によるものだ。

 

しかしそういった力は、わたしが支配する、人間の意識の中で働く力に比べれば弱いものだ。だから、わたしは星や惑星を支配したいとは思わない。わたしが支配したいのは人間の意識なのだ

 

ー「悪魔を出し抜け」第3章よりー

 

鳥のヒナが最初に見たものを親と認識して後を追い、その行動を真似て生きる術を「刷り込み」をするのはよく知られています。わたしたちが母国語を話すのに難儀しない(第2の天性のように使える)のも、この幼少期の「刷り込み」の時期に音から、語彙から、その配列に至るまで丸暗記で取り込んでいるからです。

 

無意識レベルに落とし込まれているそれらの記憶は忘れていますが、「刷り込み」は言語だけではありません。側にいる大人たちの態度や言動・情動や振る舞いまで良いことも悪いことも一切合切取り込んで、この世界を認識するのです。

 

脳が「刷り込み」を受けやすい時期は早ければ12歳遅くても14歳までに終り、大人と同じ脳に成長を遂げますが、それまでに取り込んだ記憶は消えずに無意識レベルに残り、この世界で生き残るために必要なルールとして機能するのです。

 

そのルールから外れる選択や行動をとると、えたいの知れない不安や恐怖を感じたり、罪悪感を覚えたりします。「刷り込み」期間の記憶は0歳児から始まっていますから、そのルールには「ヒナが親からエサをもらい守られているイメージ」があります。

 

それ故、そのルールを違反すると保護や安全を失う警鐘が鳴らされるしくみです。その警鐘が無意識レベルから湧いて出るネガティブな思考や感情の引き金になります。

 

ヒルが言う「悪魔はこの無意識レベルに住み、このルールを支配しているのです。

 

わたしたちは社会に守られ、その社会のルールで生きる大人たちに育てられますから、「刷り込み」の内容も当然社会通念を意識したものになります。社会には上下関係や優劣の差別があり、合理性・機能性・生産性を重視した賞罰もあります。

 

「悪魔」「反対勢力(神)」が支配する「愛、信念、希望、楽観主義」などと共存しえないものを偏重する社会システムを組み込み、幼少期の「刷り込み」から操りやすいように仕込んでいたというわけです。

 

「貧困、非難、病気、失恋、老い、死」に対して恐怖を感じたのは自分のせいだと思っていたかもしれませんが、それはわたしたちのせいではありません。「悪魔」が仕込んで置いたルールが自動的に働き、ネガティブな思考や感情を生み出しただけです。

 

貧困⇒欠乏感に陥る、非難⇒責められて罪悪感に苦しむ、病気⇒健康な人を羨やみ被害者意識を持つ、失恋⇒愛の欠乏感に苛まれる、老い⇒未来に対する絶望感、死⇒無になり忘れ去られる恐怖・・・は、「刷り込み」から想定される感情の自働的な反応だったのです。

 

貧困に遭遇するとさらにお金が欠乏する未来を思考し、それを怖れる感情が発生し、「悪魔」の支配圏内の選択をして制限に囚われる世界に取り込まれる・・・というように「怖れ」の鎖につながれて、「悪魔」のコントロール下に自動的に入るシステムがわたしたちの脳に組み込まれているです。

 

では、この「悪魔」の手口が明らかになったところで、もう1度客観的この問題を眺めてみましょう。

 

「貧困、非難、病気、失恋、老い、死」という現象があったとしても、もしもそのとき心の中に「愛、信念、希望、楽観主義」が燦然と輝き「怖れがゼロ」だったとしたら、それを不幸と呼ぶことはできるでしょうか?

 

わたしたちは「貧困、非難、病気、失恋、老い、死」を不幸になる原因として怖れますが、ほんとうの不幸は心の中から「愛、信念、希望、楽観主義」を追い払ってしまうことです。

 

経済的に豊かでも、称賛され高い評価や人気があっても、健康でも、恋が成就しても、美や若さが保たれて長生きできても、もしもそのとき心の中に「愛、信念、希望、楽観的観測」がゼロの状態だったとしたら、それを幸せと呼ぶことはできるでしょうか?

 

「貧困、非難、病気、失恋、老い、死」の怖れが解消されても、「愛、信念、希望、楽観的観測」が意識の中に輝いていないならば、けして幸せを感じることはできません。「悪魔」は「怖れ」の解消に突き動かしますが、生きている間中その「怖れ」に付きまとわれます。

 

要はどちらに意識のフォーカスを向けるか、です。その選択権はわたしたちにあります。

「悪魔が操れるのは『怖れ』に駆られたときの意識だけなのだ」と、ヒルに尻尾を掴まれた悪魔は自らが告白しています。

 

わたしたちは「怖れ」の感情を誘う現象を嫌いますが、実は「怖れ」を感じたときこそ静かに観察すると、無意識レベルの「刷り込み」のネガティブな思考回路が明らかになります。

 

それは笑えるほどワンパターンなので、明らかにすると「怖れ」のボルテージは確実に低下します。ネガティブな思考の囁きの効力が落ちるのです。怖くない威しはもう効きませんから。

 

このように自分独り分の心の中から「怖れ」を追い出し、「愛、信念、希望、楽観的観測」に思考をめぐらせることが、集合意識の波動を変える貢献になります。

そんな人々が増えれば、98%の「悪魔」の支配を覆し、反対勢力(神)が98%になって世界が変わることも夢ではないでしょう。

 

次回は「悪魔を出し抜け」の解説を予定しています。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。