こんにちは、リブラです。今回は、ウエイン・ダイアー著「老子が教える実践道(タオ)の哲学」の解説です。
第43章「柔らかな生き方」
「天下の至柔は、天下の至堅を馳騁(ちてい)し、無有は無間に入る。われ、ここをもって、無為の益有るを知る。不言の教え、無為の益は、天下、これに及ぶもの希(まれ)なり」
ー老子 岩波文庫ー
「この世で最も柔らかいものが、この世で最も硬いものに勝る。形がなければ、隙間のない場所にも入り込む。だから、無為には価値がある。
言葉に拠らずに教え、行いに拠らずに為す。それは、めったに適わぬ離れ技。無為無言は賢者の流儀、この世で限られた者だけが手に入れる至上の喜び」
ー老子が教えるタオの哲学ー
無為の智恵を活かす、つまり、行わずに為し遂げるためには、頭の中から「やろう」という意思を追い払うことです。必死に努力していたときより、良い成果を上げられるでしょう。
ちょうど、オオアオサギが生きる糧を見つけるのに、ただじっと潮の引くのを待つようなもの。人生は、眺め方一つで変わるものなのです。
前へ進もうと考えるのをやめ、気を楽にして、心の動きを一切止めて頭を空にすると、大きなチャンスが向こうからあなたの元へ訪れます。あなたが、タオの完全無欠な流れに身を任せたからです。
今までずっと欲しいと思ってきたものや人生の夢が、鍵のかかったドアの向こうにあると思ってみてください。
それを思い描いたら、今度はあなたが水に変身し、ドアの隙間から開かずの間へ流れ込むところを想像しましょう。
心の中で、音をたてず、穏やかにそっと行います。言い換えれば、これは、しばし水となって、タオの流れを自分の中に体現する練習です。
アメリカの詩人エマソンは教えます。
「精霊の声を聞くには、自然と戯れるのではなく、結婚しなさい」
自然と結ばれるために、水になりましょう。
今日のタオ
沈黙の1日を過ごしましょう。誰にも声をかけないで、ただ見守るだけにするのです。
自分にも他者にも「こうしなさい」と指示を出さずに、受け身の「柔」になりきるのです。とダイアー博士は言っています。
「行わない」で受け身の「柔」になりきると何が起こるといえば、何もしなくても動いている世界を感じることができるのです。子宮の中の羊水に浮かび、胎盤によってすべての栄養や酸素を供給されている胎児のように、母体の鼓動のリズムを感じることができるのです。
何もしなくても、時は流れ、日は昇って沈み、夜になり、宇宙の、地球の営みは続きます。何もしなくても、呼吸し、心臓は拍動し、血は巡り、エネルギー代謝し、生命の営みは続きます。
「行わない」で受け身の「柔」になりきると、自分が何もしなくても自動的に営み支えてくれている存在を感じることができるのです。
呼吸を止めて時計の秒針を眺めていると、いつもは矢のように早く過ぎる1分間がとても長く感じるでしょう。その後息を吸うと酸素がある大気に感謝すら覚えるでしょう。
このように「行わない」で受け身の「柔」になりきると、普段は当然のように受け取っていた生命の営みを感じ、当たり前のことに感謝する気持ちが湧いてきます。
わたしたちは目に見えない「大いなる存在」の力に守られ、愛され、生かされているのです。宇宙を創った「大いなる存在」のリズムに合わせて万物は従い、太陽は輝き、草木は育ち、風が吹いて種がこぼれ、雲が集まり雨を降らせます。
自分が何もしなくても、外側の世界は回り、自身の小宇宙もそのリズムに従って動くのです。そして、自分が何もしなくても生命が、今、この瞬間維持され、その瞬間が刻一刻と連続するのを感じることで現実を体験しているのだと気づくのです。
何かすることが「生きること」になっていると、「1日何もしなかった」とエゴが虚しさを訴えます。
「自分がここに在る」ことを意識して「生きる」と、すべてに支えられている感謝を感じて、宇宙(大いなる存在)の愛に共鳴します。
わたしたちは「今、ここ、この瞬間」に在り、生きているだけでも宇宙(大いなる存在)の愛に応えている存在なのです。
そのわたしたちがエゴではなく、魂意識(ほんとうの自分)から何かすることで「生る」のなら、宇宙(大いなる存在)と愛し愛される関係で共同創造することになるのです。
外側の世界に「何かすること」を急き立てられて生きるのか、内側の「ほんとうの自分」の存在を感じて生きるのかで、「何も行わない」1日を過ごしてもこれだけの違いを感じることができるのです。
次回は「老子が教えるタオの哲学」の解説を予定しています。
わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。
詳しくはこちら をご覧ください。
新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。