こんにちは、リブラです。今回は、アニータ・ムアジャーニ著「喜びから人生を生きる」の第7章を解説をしていきます。

 

第7章「身体を離れて」のあらすじ

2006年2月2日の朝、アニータは昏睡状態になり、香港で1番医療設備の整った病院に運び込まれ、救命処置が施されました。

アニータの母と夫のダニーは、医師から「奥様の臓器はすでに機能を停止しました。レモン大の癌が頭蓋骨から下腹部まで、すべてのリンパ系組織に広がっています。肺も脳も液体でいっぱい、癌による皮膚病変もみられます。今晩が山でしょう」と告げられていました。

 

アニータはその状況をすべて見渡し、すべて聞き、かれらの感情を感じることさえできましたが、自身の身体は死んだように、感覚を感じませんでした。アニータの心は自由で解放感があり、緊迫した医療現場で絶望に打ちひしがれる母や夫との間に大きなギャップがありました。

 

アニータが母や夫の感情のドラマに揺さぶられそうになると大きな力が働いて、そこから引き離されました。

向こう側の世界に深く入っていき、アニータの意識が拡大しながらすべての人やものと一つになるにつれ、愛する人たちへの愛着がゆっくり消えていきました。

 

その間、無条件の愛としか表現できないものがアニータを取り囲み、しっかりと包んでくれました。愛、喜び、恍惚感、畏敬の念が彼女の中に注がれ、アニータは目覚めたような感覚を得ました。

 

過去、現在、未来の自分が関係するあらゆることを、アニータは同時に認識していました。さらに、彼女はいくつかの人生(別のアニータの並行世界の人生)が同時に繰り広げられているのを感じました。

 

時間は直線的な流れではなく、五感の制限により、時間の一つの点に集中させられ、これらを一列につなげて直線的現実を創り上げているのだとアニータは理解しました。

 

さらに身体の制限された知覚が、目で見え、耳で聞こえ、触ることや嗅ぐことや味うことのできる範囲に閉じ込めていることに、身体から離れたことでアニータは気づくことができました。

 

アニータは浮かんで来る様々な問いに瞬時に的確な答えが現れることに驚き、「どうして突然、すべてが理解できたのだろう?誰がこの情報を与えてくれたのだろう?神様かしら?」と思いました。

 

そのとき「神は存在ではなくて、存在のあり方なのだ。わたしは今、そのような存在もあり方をしている」という悟りを得られました。

 

アニータは、自分が色とりどりなイメージの壮大なタペストリーの一本の糸のように感じました。彼女の人生に登場する様々な人々が他の糸や色となり、複雑に織り込まれた壮大なタペストリーです。

 

彼女は、一本の糸にすぎませんが、その完成像に欠くことができない存在です。

 

そのタペストリーのイメージを眺めながらアニータは、自分のユニークな本質を表現することは、自分自身への、自分が出会ったあらゆる人への、そして人生そのものへの義務であると理解しました。

 

自分以外のものになろうとすれば、良い状況がもたらされるどころか、真の自己を否定することになり、他の人たちは真の自分を体験する機会を失い自分自身も人々と真実の関わりを持てないだろう、アニータは思いました。

ほんとうの自分にならないことは、自分がここにやってきた目的を宇宙から奪い取ることなのだと理解したのです。

 

どうしてあんなに自分のことを責めてばかりいたのだろう?どうして自分を裏切ってばかりいたのだろう?どうしてありのままの自分でいる許可をいつも他人に求めたのだろう?なぜ自分の美しい心に従って、自分の真実を語ろうとしなかったのだろう?

 

無条件の愛に包まれたアニータは、何か特別なことをする必要もなく、ただ存在するだけで、愛される価値がある、宇宙の美しい存在なのだと感じました。

 

この拡大した、偉大な本質がほんとうに自分だと知ったとき、アニータの意識に変容が起こりました。人類も動物も植物も昆虫も山も海も、宇宙も含んだ意識体として自分はそこに在る、誰しも、その意識体の側面であり、一人一人がその集合的全体に影響を与えていると彼女は理解しました。

 

癌はネガティブなカルマではないこと。すべての瞬間に無限の可能性が秘められていて、その時々彼女のいる場所では、彼女の人生のあらゆる決断や選択や考えが結実したものだと、彼女の怖れの持つ偉大な力が、この病気となって現れてきたとアニータは悟ったのでした。

 

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アニータは身体から離れて意識だけになったとき、全く怖れのない、無条件の愛に包まれた状態になりました。アニータのエゴが怖れていた未来と真逆のことが起こったのです。

 

彼女のエゴは、両親に迷惑になる自分、イギリス人コミュニティの仲間入りができない自分、インド人コミュニティで悪評が立つ自分、癌に罹ることをひたすら怖れ、そうならないようにした努力も虚しく、望みと反対の結果になりました。

怖れを動機に行動を選択していたので、アニータの潜在意識は怖れた現実を創り出すように動いたのです。

 

アニータが終始、自身のことを欠陥商品のように感じ、自分の考えよりも周囲の考えを尊重していたのは、全部、彼女のエゴがその方が両親や周囲から愛され、大切にされ、安全に生き残れると信じていたからです。

 

しかし、エゴの想定は、過去の情報や経験から予想し得るものばかりなので、身体から離れた意識だけになる状態までは考えが及ばなかったのです。エゴは物質界しか信じませんが、エゴ自体は意識界に属する存在です。身体が死んだらそこで終わりではなく、まだ、その先があるのです。

 

そして、人生はエゴのものではなく、全知全能の「大いなる存在」の分霊である魂意識のものです。アニータは臨死状態になることでエゴが彼女の人生を諦め、怖れを手放し、魂意識が人生を主導する状態になったのです。

 

魂意識は常に「大いなる存在」と一つになっているので、「喜び」を放射し、その愛は無条件です。ただ存在するだけで無条件に愛されることを、エゴは理解できません。

 

ほんとうは、一瞬も離れることなく「大いなる存在」の無条件の愛の中で生かされてきたはずなのに、エゴが無条件の愛を信じられないばかりに、ギブ&テイクの条件付の愛を得ようと虚しい努力を続けてきたのです。

 

そんなアニータのエゴに、彼女の魂意識は、最高のイベントを用意しました。アニータの身体を臨死状態にすることで、エゴに意識界の体験をさせたのです。

 

身体は機能を停止して、意識体だけになったエゴは、消滅せず、魂意識と一つになり、無条件の愛に包まれ、全く怖れのない状態に至りました。

 

エゴは最も恐れていた死の向こう側の世界を体験して、それが無条件の愛に包まれる至福でしかなかったと知ってしまったので、もう、抗うことはできません。

 

アニータの魂意識は最強のエゴを「ほんとうの自分の人生」に導くため、死の淵にまで追い詰めるイベントを設定したのです。アニータのエゴはそんな魂意識の意図にも気づかず、全力で「自分以外の者」になろうと必死だったのです。

 

アニータが人生をいろいろな糸で織りなすタペストリーに例えたように、わたしたちの人生は様々な人々と絡み合い、その糸一本一本は唯一無二で、しかも、全部で完璧なタペストリーになるように計画されています。

 

エゴはその壮大な計画がわからないから、社会の常識や周囲に合わせて自分を変えようとしますが、その抵抗ですらも魂意識にとっては想定内なのです。

 

無条件の愛に背を向け、怖れの動機で行動を煽っていたエゴが最も苦しい思いをしていることになります。自分を責める声、他者の承認を求める声が心の中で聞こえたら、それは孤立無援状態のエゴの助けを求める声と受け取りましょう。

 

エゴの声を真に受けるのではなく、「ありのままの自分」はただ、存在するだけで無条件の愛に愛される価値があることを思い出しましょう。

 

エゴはそれを信じられないのですぐ忘れてしまいますが、その度に何度も何度も「ありのままの自分」のためにこの人生があるのだと言って聞かせましょう。

 

小宇宙とも表現される人間の身体に宿る機会を与えられ、地球に生かされ、「大いなる存在」から無条件に愛されるだけの価値を、わたしたちは持っているのです。

 

次回は「喜びから人生を生きる第8章」の解説を予定しています。

 

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