こんにちは、リブラです。今回は、ウエイン・ダイアー著「老子が教える実践道(タオ)の哲学」の解説です。
第30章「力を棄てる」
「道をもって人生を佐(たす)くる者は、兵をもって天下に強くせず。その事、還るを好む。師の処(お)る所は、荊棘(けいきょく)生じ、大軍の後は、必ず凶年有り。善者は果(な)すのみ、もって強きを取らず。果して矜(ほこ)ることなかれ、果して伐(ほこ)ることなかれ、果して驕ることなかれ。果して巳(や)むを得ずとし、果して強くすることなかれ。
物は壮(さかん)ならば則ち老ゆ、これを不道という。不道は早く巳(や)む」
ー老子 岩波文庫ー
「人の活かし方を主君に教える者は、武力制圧に異を唱えるだろう。剣は、それを振るう者に切っ先を向けたがるのだから。
兵士が居座るところ、自然は荊の藪しか生み出さない。
大きな戦のあとは、土は呪われ、穀物は枯れ、大地は、産み出す母の力を奪われる。
勝利を収め、目的を遂げても、成功を誇示するな。力に満悦するな。一切の名誉を感じるな。むしろ、戦を避けられなかった己の不甲斐なさを悔やむがよい。
力ずくの征服など、決して考えるな。力ずくで造りあげたものはすぐ壊れる。力は、道にそぐわない。道にそぐわないから、たちまち終わりがやってくる」
ー老子が教えるタオの哲学ー
誰かと対立して力ずくで解決したくなったら、すぐさま聞き役に回りましょう。言葉をのみ込み、口を閉ざし、しばらくは返事をいっさい控えます。これが道(タオ)に沿って生きるための主要な心得です。力の行使は、どんな形であれ、必ず反撃を生みます。
どんな形の暴力からも距離を置きましょう。あなたの生活への暴力的なエネルギーの侵入を許さないこと。それが道(タオ)とのつながりを失わないコツです。
16世紀の詩人、十字架の聖ヨハネが、こんなアドバイスをしています。
「あなたが祈る瞬間、全世界が鎮まる。あなたが世界へ真の愛を向けるなら、銃は力を失うだろう。」
今日のタオ
世界の眺め方を変えるために、暴力シーンがある動画やゲームをいっさい生活から締め出す1日にしてみましょう。とダイアー博士はいっています。
5才ぐらいの頃、東陽町の南開橋のたもとの公園で遊んでいると、近所のおばあさんが「ここらは東京大空襲のとき火の海で、たくさんの人が川に飛び込んで亡くなったんだよ。今は平和でいいよね」と独り言のようにつぶやくのを聞き、戦争って怖いなあと思いました。
「みんな戦争は嫌いなはずなのになんで人間は殺し合いをするのだろう?」とそのとき考えましたが、その一方では、テレビでウルトラマンが怪獣をやっつけるシーンを「敵をやっつける頼もしいヒーロー」として観ていたのです。
人類は<イメージ>を共有して徒党を組んで戦うとき、実力以上の能力を発揮して進化してきた種族です。一個人の力は弱くても、集合体になると単なる数の力だけでなく、底力を引き出すスイッチが入るのです。
きっと原始時代人類は、一人では倒せない大型の生物を徒党組んで狩猟し、獲物を分け合って生き延びていたのでしょう。その「食うか食われるかの弱肉強食」の本能がDNAに刻まれているから、集団になると狂暴化して、戦いに駆り立てられるのかもしれません。
戦争は闘争本能による野蛮な行為ですが、武器のみならず、船舶や自動車や飛行機などあらゆるテクノロジーが飛躍的に進歩を遂げるきっかけになったことは否めません。人間の知性と獣性が手を組み、心を置き去りにすると破壊的な結末が待っています。現代では地球を壊滅状態にするほどのテクノロジーを、人類は持っています。
地球で一番知能が優れているはずの人類が、戦争という愚かで野蛮な手段を何千年も手放せないのはなぜなのでしょうか。
それはわたしたちの心の中で、常に敵と味方で争う二極化問題があるからです。わたしたちは善・悪、正・誤、優・劣など、常にジャッジして二極分化する思考の癖があります。何を見ても、味わっても「こっちのほうがそれよりいい」とか、「前回の方が今回よりマシ」とか、無意識レベルで「良し悪し」の判断を自動的にして、どちらかを排除しようとします。
その結果、物事を「ありのまま」に眺めることができなくなり、固定観念のレッテルを貼ってその印象で判断するようになります。個人レベルでは何の恨みもない相手でも、敵の国民だから、宗教が違うから、肌の色が違うから、と自分側の存在かそうでないかで、嫌悪や憎しみの対象に見えてしまったりするのです。
この反応は、本来寄生虫対策のために備わるIgE抗体が、花粉や塵などの無害なものを勝手に仮想敵として攻撃対象認定をしてしまいアレルギー反応を起こす、免疫システムの誤作動とよく似ています。花粉や塵が悪者なのではなく、それを悪者と認識してしまうシステムの方に誤りがあるのです。
ですから、戦争がなくなって欲しければ、戦争に恐れや憎しみを抱く以前に、それを悪と判断する二極分化のフィルターの存在に気づく方が手っ取り早いのです。どちらか一方を悪とする二極分化思考を働かせる限り、戦争は続きます。
二極分化の偏見に満ちたジャッジメントで、まとまった数の人々が怒りや怖れを抱くと、それは集合意識に働きかけ、戦争を促す流れをつくります。
別の見方をすれば、集合意識の怒りや怖れが減って行けば、やがて戦争なんかどうやってもイメージできない状態にもなり得るのです。
「あなたが祈る瞬間、全世界が鎮まる。あなたが世界へ真の愛を向けるなら、銃は力を失うだろう。」はほんとうです。
二極分化の思考でジャッジして善・悪、正・誤、優・劣にこだわる気持ちを、一人一人が手放していけば、それだけわたしたちの意識は、統合意識に近づいていくのです。
「すべての人々が意識でひとつにつながり、『大いなる存在』とワンネス状態になり離れることはない」と確信できれば、集合意識が怒りや怖れで暴走することはありません。
自分にできないことの無力さを嘆いて怒りや怖れを溜めるのではなく、自分に今できることをして安らぎを感じ、「大いなる存在」と一体であることを信頼するのが、道(タオ)の生き方です。
二極分化の思考で自分や他者をジャッジすることに気づいたら、それを手放していきましょう。その試みが人類の集合意識から恐れや怒りを減らし、「大いなる存在」と自然に祈りでつながる意識状態をつくります。
それは見えないけれど、人類の心に刺さった棘を溶かす、愛の貢献になります。
次回は「老子が教えるタオの哲学」の解説を予定しています。
わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。
詳しくはこちら をご覧ください。
新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。