こんにちは、リブラです。今回から、アニータ・ムアジャーニ著「喜びから人生を生きる」の第1章を解説をしていきます。

この章ではアニータがどんな環境で育ったのかが語られています。

 

第1章「多様な文化の影響」

アニータはインド人の両親のもと、シンガポールで生まれ、2歳からは香港の英国人街で育ちました。父親は中国の織物貿易を仕事とする厳格な人で、家族に対する愛はあるものの、規則は絶対という人でした。それに対し、母はいつも優しくアニータが気持ちを安心して打ち明けられる人でした。

5歳年上の兄も気持ちを打ち明けられる頼れる存在で、アニータは尊敬していました。

 

アニータの家族は伝統的なヒンドゥー教徒でした。ヒンドゥー教では「女性は夫や家庭内の男性に従うべきだ」という男女の不平等の考えがごく普通のこととして根着いていました。アニータもそれを当然のことだと受け止めていました。

 

ところが、アニータが6歳のとき「二番目のお子さんが生まれたとき、女の子でがっかりした?」と、母に尋ねる女性の会話を耳にしてしまったのです。

アニータの母は「そんなことはないわ。娘をとても愛しているもの」と答えましたが、その女性は「女の子は悩みの種でしょう。結婚の支度金(日本の結納金のようなもの。インド社会では花嫁の親が花婿の家族に支払う)は年々上がっているのよ。わたしは息子が二人でよかったわ」と話したのです。

 

この後、母に自分は悩みの種なのかを尋ねると「そんなことはないね」と抱きしめてくれたのですが、アニータは「両親に苦労をかけないようにしよう。男の子だったらよかったのにと思われたくない」と決心したのでした。

 

また、同じ6歳頃、アニータは2歳のときから子守り役をしてくれている中国人家政婦が、両親の前では下を向き目を逸らす行動を不思議に思い尋ねました。その家政婦は「あなたのご両親はわたしに仕事をくれるので、その敬意を示しているのです」と答えました。

 

かつてイギリスの植民地だった香港で、インド人コミュニティの中のヒンドゥー教徒として育つアニータに、「男性には従うべき」「仕事をもらう人は仕事を与える人に敬意を示さなければならない」という考えが刷り込まれていきました。

 

インド文化と中国文化とイギリス文化が交錯する中、素直に何でも脳が吸収する子ども時代を過ごしたのです。階級社会は生まれながらに決まっていて、女の子で生まれた自分はそれだけで不利であることを、どうにもならない見えない圧力があることをアニータは既に感じていました。

 

それは、社会だけでなく、ヒンドゥー教のカルマと輪廻転生の教えにも感じていました。

「わたしは、まだ幼い頃から、何が良いカルマを作り、何が悪いカルマを作るのかと、心の中でいつも考えていたのです。わたしは生まれ育った文化の中で完璧な人間であろうと努力していました」

 

ただし、それと同時にヒンドゥー教では「瞑想と詠唱が心の中の不純な思いを取り除き、悟りを助ける」と教えられ、アニータは瞑想によりわたしたちが身体だけの存在ではなく、それ以上の存在であることも、成長するにつれて、気づいていきました。

 

アニータは子どもらしい純粋さと素直さで階級社会の不条理を受け止めていたのでしょう。彼女の場合、父親に対しては尊敬を、母や兄に対して親密感を持ち、誰にも反感や憎しみを抱いていませんでした。

 

「女の子は悩みの種」と話した女性に対しても、結婚の支度金制度にも憤ることがないのです。この辺りが後々アニータを苦しめる葛藤の原点だったのかな、と思います。

 

女の子に生まれきているのにもかかわらず「女の子は悩みの種」という考えを受け入れてしまう。

これはとても危険なことです。なぜなら、心の聖域まで自分を否定する考えを侵入させてしまっているからです。

 

アニータの場合、まだ子どもで心の防衛機構が整っていないから、大人の言うことを鵜呑みにするしかなかったのかもしれません。でも、わたしは毒親を持つことで大人の言うことを鵜呑みにすることはなく、結果的に幸せだったなと思いました。

 

わたしの父も母も「一人息子は大事だから進学させたい。娘たちはどうでもいいから、全員商業高校に行かせて銀行員にならせて家に稼ぎを入れさせる進路しか用意しない」とあからさまに言っていたので、親の言いなりになったら不幸になると胆に命じて育ちました。

 

すぐに暴力を振るう父と8歳のわたしに0歳児の双子と3歳児の妹の子守りを押しつけるキッチンドリンカーの母を見ていたおかげで、「親を尊敬する」どころか、「こういう人間にならないように、両親が言うことと反対のことをしよう」と反面教師としていた子ども時代でした。

 

だから、アニータの恵まれた家庭環境がかえって彼女の警戒を低くし、心に侵入させたら危険な考えも鵜呑みにしてしまったのかなと思いました。わたしも二人の妹たちも、耳にたこができるほど「女は価値無し」と言われ続けましたが、誰もそれを真に受けたりしませんでした。

 

そう言われて、その通りなのだとあっさり認めてしまったら、その瞬間、自分の未来は他者の影響で決まったしまうからです。

心の聖域にだけは、自己否定につながる危険な言葉を入れてはいけません。

 

「心の中で自分のことをどう思うか」だけは自由にできるのです。逆に、他者が自分のことをどう思っているなんて、どうでもいいのです。それは他者の頭の中で考えていることであって、自分の心の聖域以外のところだからです。そこをクヨクヨ心配してもどうにもなりません。

 

アニータは1959年3月16日生まれで、うお座太陽とふたご座火星が90度で葛藤する配置を持っています。うお座は人の言葉にしていない思いさえもキャッチし、まるで自分の感情のように感じてしまうと特性があります。

 

うお座が良い形で表れれば、誰とでも気持ちを通じ会わせ、どこにでも溶け込めます。それが裏目に出るといろいろな思いを配慮しすぎ、合わせているうちに自分がよくわからなくなるーアイデンティティクライシスに陥りやすいのです。

 

一方、ふたご座は好奇心が原動力で幅広いコミュニケーションにより情報を集め、伝播することが得意です。動機になっているのが好奇心ですから、自由を求めます。

 

おそらくアニータは、好奇心に駆られて様々な情報を集めるのですが、その都度その情報をもたらした人物の思いも一緒に受けとってしまい、心の自由を失っていたのでは、と思います。

 

それに加えてアニータは、おとめ座冥王星といて座木星の90度も持っているので、決められたルールの中に納まりたい気持ちとルールの外に出ておおらかに生きたい気持ちも葛藤します。

 

このおとめ座といて座の天体の葛藤があるから、「2極化の考えが浮上したときにどちらか正しい方に合わせよう」という動きになるのでしょう。このどちらか一方を選ぶと結局、いつまでも葛藤が続き統合に至りません。

 

しかし、最終的に臨死を迎えたときに、幽体離脱した瞬間悟りの境地にシフトできたのは、ヒンドゥー教の教えであるわたしたちが身体だけの存在ではなく、それ以上の存在である」がしっかりアニータの心に刻まれていたからでしょう。

 

ほんとうは彼女の心の聖域にその教えは刷り込まれていたのでしょうが、物質界しか信じないエゴに邪魔され、外側の「怖れ」の情報ばかりを優先したのでしょう。

 

でも、そんなことも含めてすべてが必然という考えを、臨死体験後のアニータは持っています。悪性リンパ腫は不幸な出来事ではなく、「ほんとうの自分に還る」ために必要な出来事だったと認めているのです。

 

次回は「喜びから人生を生きる第2章」の解説を予定しています。

 

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