こんにちは、リブラです。今回から、アニータ・ムアジャーニ著「喜びから人生を生きる」の解説をしていきます。

 

この「喜びから人生を生きる」の序文は、ウエイン・ダイアー博士が書いています。アニータに本を書くことを勧めたのはダイアー博士だからです。

 

アニータは悪性リンパ腫(血液の癌)の末期で2006年に臨死体験直後から癌が消え始め、5週間後に退院して以降今日に至るまで健康な状態を保っている女性です。

 

このアニータの奇跡の生還の体験の記事がダイアー博士の目に止まり、彼の編集者がアニータを探し出し、アニータは香港からダイアー博士のラジオ番組に電話をして、二人は出会いました。

 

このとき、ダイアー博士は「願いが実現する」を執筆中でしかも白血病を患っていました。ダイアー博士は「願いが実現する」の中で人間の中の神がすべてを癒し、世界を変えることを説いていますが、それを体現したかのようなアニータに出会えて、それが真実であると確信したようです。

そして、ダイアー博士もスピリチュアルな癒しによって白血病が治ったのでした。

 

アニータの臨死体験が貴重なのは、その記憶が終始明晰性を保っていたことにあります。体外離脱したり身体に戻ってきたりがあったのにも関わらず、記憶が曖昧になってしまうことがなかったのです。

 

それは、アニータが死後の世界に強い関心を生前から持っていて、臨死体験中ずっと疑問を自分自身に投げかけていたからだと思います。アニータの臨死体験の話を読んでいると、わたしがアカシックレコードにアクセスしているときと似たものを感じます。

 

それは、問いかけると瞬く間に想像以上の卓越した回答が返ってくる体験です。アカシックレコードに入っているときは、いつもそのような体験ができるのですが、メモも録音もできないので自分の頭の中に記憶して持って帰ってくるしかありません。

寝落ちしてしまったときは、断片情報しか思い出せないことも多いです。

 

でも、アニータは自身の疑問に対する答えをしっかり受け取り、読み手に伝わるように高次元の情報をわかりやすく説明してくれます。それは悟りの領域の情報です。

 

病気のみならず、わたしたちが不幸と呼ぶ出来事も、幸せと呼んでいる出来事も、何の脈絡もなく起こっているのではなく、人生の一連の出来事として、わたしたち自身の必然として起きていることがこの「喜びから人生を生きる」を読むと実感できます。

 

アニータはこの本で自身の病気の原因も、治癒した理由も明らかにしています。結論から言ってしまえば、彼女は恐怖の思い込みが原因で病気になり、その思い込みが幻想だったと氷解したときに癌が消失したのです。

 

恐怖の思い込みの原因になるようなものは、巷にゴロゴロ溢れかえっています。小麦が危険。砂糖が危険。牛乳が危険。添加物が危険。農薬が危険・・・。

 

確かにそれを避けて安全なものだけ摂取することが可能ならば、怖れる必要はありません。自給自足で無農薬野菜を作ってベジタリアンになっていれば、それも可能かもしれません。

 

しかし、それができる人の方が少ないでしょう。多くは危険な情報に怯えながら、恐怖の思い込みと共にそれを摂取するのです。さあ、わたしたちの身体はどんな反応をとるでしょうか?

 

身体の主人は「これは毒で危険なんだ。恐いね」といいながら、身体に取り込ませるのです。身体は主人を信頼できなくなりますよね?運命共同体である主人に「自分の身体をもっと大切に扱ってください」と抗議したくなりますよね?

それが聞き入れてもらえないと「自分の身は自分で守らねば」とクーデターを起こす意識が芽生えますよね?

 

癌細胞って、クーデターを起こして独立政権を創るのような動きをする細胞なのです。たとえば、皮膚癌が起きやすくなる前兆現象として、紫外線による日焼けがあります

 

皮膚にとって強い紫外線は危険なのだけれど、主人が日焼けから守ってもくれないならば、メラニン色素を生産して紫外線で火傷するのを防がねばいけません。しかし、そのメラニン色素を産生する細胞が活性化しすぎるとメラノーマという癌細胞に変わって、無秩序な増殖を始めてしまうのです。

 

食道癌も、食道が胃酸の逆流で傷むと異所性粘膜(胃酸に強い胃粘膜が食道にできてしまう)を作って胃酸から守ろうとします。そうすると、その異所性粘膜から癌細胞が発生することがあるのです。

 

身体の細胞たちも「守ってもらえない(愛されていない)」と感じ、「ならば自分で防衛する!」と勝手な行動に出るのです。

そういうときは「守ってくれない主人のことなんか知ったこっちゃない!」という恨みの気持ちも出てきます。

 

では、恐怖の思い込みから守ってあげたらそれでいいのか?といえば、それでは「マイナス」から「ゼロ」に戻っただけですよね。この情報化社会の中、ありとあらゆる恐怖の情報を避け続けるというのも不可能に近いです。

 

そこで悟りに至ったアニータが勧めているのは「喜びを動機として生きること」です。「喜び」の波動でわたしたちの魂意識と「大いなる存在」はひとつになります。「喜び」の感情でわたしたちの身体も魂意識も共鳴します。

 

わたしたちは自分自身に恐怖の思い込みを与えるのか、喜びの思い込みを与えるかを自由に選択できます。「美味しい」「嬉しい」「楽しい」「幸せ」という感情とともに身体に与えれば、身体も「大切にされている・愛されている」と主人に対する信頼を寄せてくれるのです。そして、喜びの感情は「大いなる存在」と共鳴するので、壮大なエネルギーに包まれている安心を身体に与えることができるのです。アニータも内なる神とつながる安堵で癌を癒したのです。

 

アニータは外側からもたらされる情報により、自身の内側が常に混乱と怖れにさらされていたことに、臨死体験での体外離脱で気づきました。身体から出た瞬間に全く怖れのない素晴らしい気分になったのです。自分が初めから完全な存在とひとつであることを悟ったからです。誰もが意識でつながり、話さなくても気持ちがわかる体験をしたのです。

 

初めからわたしたちは皆、「大いなる存在」と意識でひとつにつながっているというのに、何がそれを遮っているのでしょう。

それは「怖れ」です。「怖れ」の波動は「喜び」の波動と共鳴できないからです。

 

では、「怖れ」の発生源はどこなのでしょう?

それは、生存本能由来意識であるエゴです。エゴは生まれた瞬間から死の恐怖と戦っています。

 

アニータが文化の違いによる人間関係や宗教観や食習慣に悩まされたのも、根底にエゴの「死」の恐怖が潜んでいたからです。

親の言うことを聞かなければ、友だちと仲良くしなければ、みんなと足並みを揃えなければと、自分の本心を押し殺して必死になっていたのは、エゴがその方が安心安全と思い込んでいたからです。

 

しかし、身体が死を迎えるまでになったとき、生存本能由来の意識であるエゴは怖れていた日が来たと降参したのです。

エゴが「怖れ」の思い込みを手放せば、その瞬間から魂意識の「喜び」の波動は遮られることがありません。

 

このことは、わたしたちがこの世を生きるための大きなヒントになります。別に臨死体験などしなくても、「死の恐怖」さえ克服してしまえば、エゴの囁きに怯える心配はなく、エゴも「怖れ」を手放します。

 

アニータが癌の再発もなく元気に暮らしているのは、「死の恐怖」がないからです。臨死体験でそれは恐怖ではなく素晴らしく快適な体験であることを知っているからです。

 

アニータのこの本の1番の収穫は、「死の恐怖」を手放せることだと思います。わたしも、アニータが伝えてくれた世界を体験できるなら、いつか来るその日を楽しみに、今の人生を充実させようと思いました。

それに「死の恐怖」が幻想であることがわかると、エゴの囁きが子ども騙しに聞こえてしまい、迫力を感じなくなりました。

 

「死」というピリオドを意識するからこそ、今の一瞬一瞬が、この身体とともに生きるこの人生が愛おしく、活き活きと感じました。

 

次回は「喜びから人生を生きる第1章」の解説を予定しています。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。