こんにちは、リブラです。今回は、「ヒロインの旅」の解説です。
「ヒロインの旅」第8章「母/娘の断絶を癒す」
・神聖なる平凡さ
母との絆が傷つくと、平凡な物事に癒しを求めるようになる。皿洗いやトイレ掃除、草むしりが神聖に感じるのだ。地に足をつけ、自分自身を女神ヘスティアに重ねてみるといい。
「ヘスティアは大地や家庭の中心、個人の中心です。彼女はけして自分の居場所を離れず、人々が彼女のところにやってきます」
古代ギリシャにおいて、ヘスティアはかまどを守護する処女女神。かまどは家庭の中心にあるものだ。過酷な自然から人を守り、人々が集う。ぬくもり、安心、人とのつながりがヘスティアの力である。
女が社会に出ると家庭のかまどは寂れ、あたたかな人間関係が持ちづらくなった。社会で女が軽視されると、家庭での女の価値もわかりづらくなる。
かまどを忘れると、家を守る意識も薄くなる。女がかまどを離れたのは自分の身体の大切さを思い出すためだけではない。
みんなの家、地球の価値を人類に思い出させるためにも必要だったのだ。
病院勤務時代の25年間は、ずっと時計に追い回されていたような期間で、家は眠るために帰るところでした。自分のために用意する食事も20分以内で作って、10分で食べ終わるようなものばかりでした。
当時は日常生活にほとんど価値を置いていなくて、将来どうしようかと漠然とした不安ばかりが積もっていました。そんな生活の中に潤いを与えてくれたのが、ベランダのプランターでした。
不安やストレスが積もれば積もるほど、狭いベランダに所狭しとプランターが増えていきました。もちろん、増えれば水やりも世話も増えるのですが、プランターに関わっているときは癒され、元気をもらえました。
新しい芽、新しい蕾ができ、花が開き・・・という変化が毎日微妙にあり、同じことの繰り返しではなく、昨日と違う今日に進んでいるのだとプランターの植物の成長を通して感じるのです。
植物と接しているときは社会の中の時間と違う時の流れを感じていたのです。社会の価値観では生産的に働く時間が最も重要ですが、個人の価値観では必ずしもそうではないことを、なんとなく気づいていたのでしょう。
小さなプランターに植えたバジルやシソを収穫して料理に使えることの方が、代わり映えしない給与明細を眺めるよりも豊かさの実感がありました。
社会的安定は確かに必要だけど、社会的安定に縛られると心の自由を浸食されます。安定と引き換えに社会の価値観で生きることになり、個人の価値観の大切さを忘れていくのです。
かまどの女神ヘスティアは、個人的な幸せに最大の価値を置くため家庭すら持ちません。しかし、ヘスティアが自分のかまどを守っている限り、人々はそのぬくもりを求めて集まってくるのです。
個人の価値観を大切に暮らしていると幸せですから、周囲にもその幸せは伝播します。
分離の発想では個人の幸せを中心にすると周囲の迷惑ということになりますが、スピリチュアルな発想では、幸せな人はご機嫌なので周囲の人々にもその幸せは拡がると考えます。
寛大さや貢献の気持ちは、個人的な幸せ=自己愛の充実から生まれてくるのです。
犠牲的な気持ちで役に立とう動くときは、誰かの評価や関心が欲しくなり、他者の注目のエネルギーで無意識に欠乏感を埋めようとします。
がんばったのに誰からも感謝されないという嘆きが心の中で渦巻くときは、誰かのために働くのではなく、自分自身の幸せを中心にしてアクションを起こし、心を満たすことが必要です。
そんなときは平凡な日常生活の中に小さな個人的幸せを探しましょう。
自分のご機嫌を回復させることが、かまどの幸せの種火を守ることになります。それは個人の人生にとって、とても意味あることなのです。
次回は「コペルニクスのホロスコープリーディング」を予定しています。
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