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パスワーク(新装版)―自己のすべてを受け入れ統合された意識で生きる
2,323円
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こんにちは、リブラです。今回は「パスワーク」の解説です。
創造的空虚
・空虚の中に入る
・実際の体験
ローアーセルフ(インナーチャイルド)が何を求めているのか、あるいはなぜ自分はネガティブな意図を持っているのか、準備が整いわかるときがやってきます。恐怖を感じていても、空虚の中に静かに入って行こうと決心するときがやってくるのです。
マインドを空っぽにして内奥で空虚に出会うと、あなたはそれまで慣れていたのとは全く違う感じで、新しい活気に触れるでしょう。
その感覚は、人工的な充実によって塞がれ鈍くなり、活気が殺されていたことに気づかせます。
内なる生命がなければほんとうの意味で満たされることはなく、外界から充実を得ようと努力しても欠乏の悪循環が続きます。
恐怖を否定せず活気の欠如を認め、自己を創造的に空っぽにするとき、恐怖は活気に道を譲ります。
肉体やエネルギーも含めた内なる存在全体を躍動する活気に満ちた「内なる管」として、あなたは体験するでしょう。
エネルギーはその管を通り抜け、感情もその管を通り抜けます。
そうして名づけることもできない<あるもの>が活き活きと表面化します。
それは絶え間ない内なる教えです。
それは、人生の今に向けられた真実、励まし、知恵、導きで最も必要な場面でやってきます。
躍動する活気に満ちた空虚とは、あなたへの神の語らいです。
それは言葉を超えた宝物で、あなたが絶えず求め憧れているものです。
それはすでに内面に存在しているにもかかわらず、外側からもたらせるのを期待して迷路に迷い込み、見つからなかったものです。
わたしたちは身体が物質世界に存在しているため、形あるものに価値を置き、安心や確さを感じる傾向があります。
見えない・触れない・感じられないものには、興味や関心が向かい難く、忘れてしまいがちです。
実際に存在している身体でさえも、自分自身として存在しているがゆえに、どこか具合が悪いことでもないと関心が向かいません。
そのくらいわたしたちは、いつも自分の外側の世界に関心が向かうように習慣づけられています。
ですから、外界への関心を締め出して、自分の内側にフォーカスするのはかなり異質なことです。
しかも、自身の内側の空虚に静かに入っていくのですから、恐怖を感じるのも無理はありません。
空っぽの自分を見に行く恐怖さえも乗り越えて、やっと「創造的空虚」のスペースに入れます。
ここまで来るのが至難の業ですが、「創造的空虚」に身を任せることが1度でもできれば、ほんとうの安らぎと至福を感じます。
内なる生命に満たされる充実を感じるからです。
「ありのままの自分」の存在に無条件に満足と喜びが湧いてくるからです。
外側の価値ある何かで埋めようとしなくてよいことに気づくのです。
それはまるで水に溺れそうになった人が、陸に上がって深呼吸をしているような安堵感と生きていることの躍動感の体験です。
自分の外側の世界にすべての答えがあると探し求めてきたのに、何もない空っぽの自分にフォーカスを向けるのは実に奇妙な感じがすることでしょう。
だから、通常、人はそれをしません。
外側の世界にあるものを探し求め疲れ果て挫折したとき、絶望して生きることさえ嫌になったとき、外側に関心を向けたがるエゴ(生存本能由来の意識)が失望して降参すると、一時的に活気を失い「魂の暗い夜」がやってきます。
すべてが止まったようになり、この世にひとり取り残されたような孤独を感じ、動く気力も失せ、明けない夜の真っただ中にいるとき、わたしたちはやっと自分の空虚さを見てみようという気になるのです。
もう、失うものは何もないと感じるからです。
けれども、自分の内側の空虚なスペースには、内なる神が鎮座しているのです。
わたしたちが外側ではなく、内なる神に向かい合うのをずっと待っていてくれているのです。
1度でも自分の内側の「創造的空虚」に入ることができれば、この内なる神との信頼関係が構築されます。
躍動する活気に満ちた「内なる管」にエネルギーや感情が通うようになります。
そうすると「人生の今に向けられた真実、励まし、知恵、導きで最も必要な場面でやってきます」。
もう、外側からの充実を得ようと努力しなくても、心はいつも穏やかに満たされている状態になります。
わたしたちにとって酸素は生きるために不可欠ですが、見えない・触れ・感じられない・至る所にあるために、関心を向けることがありません。
わたしたちのすべてに備わる内なる神(魂の意識)の愛も、酸素みたいな存在です。
極限の愛の欠乏を感じないと求める気が起きないのです。
ですから、生きる躍動や活気が感じられなくなったとき、挫折や失望を体験したときは、「魂の暗い夜」を体験できる絶好のチャンスだと思ってください。エゴが生存本能を投げてお手上げ状態になっているので、自身の内側に向かうのを遮るものがありません。
自分の空虚スペースに入るときの恐怖さえ感じないかもしれません。
「魂の暗い夜」で体験する内なる神の囁きは、真っ暗な夜にきらめく星のように希望の光となります。
内なる神の囁きは、耳で聞くのではなくハートで受信するものです。
「創造的空虚」をつくり出すことは、内なる神にチャンネルを合わせてその周波数帯をキャッチするということです。
チャンネルを合わせている限り、いつでもどこでも必要なときに受信できます。
「内なる神の囁き」を妨害するのは「エゴの恐れの囁き」です。
逆に「恐れ」を全く含まない「喜び」の周波数は、いつでも「内なる神の囁き」とつながります。
自身の「内なるの神」から「人生の今に向けられた真実、励まし、知恵、導き」を受けるのは、「エゴの恐れの囁き」に耳を貸さなければすごく簡単なことなのです。
次回は「フレディ・マーキュリーのホロスコープリーディング」、次々回は「自分を愛せなくなった人々へ」、その後「パスワーク」に続きます。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
