こんにちは、リブラです。今回は、ティール・スワン著「自分を愛せなくなってしまった人へ」の解説の続きです。

 

ツール17 ノーと言うのを学ぶ

・あらためて連絡する

 

尋ねられてすぐ「ノーと言う」のが難しいときは、自分に正直でいるために「あらためて連絡します」と言って、「答えなければ」というプレッシャーをかわしましょう。時間をかけて「イエス」か「ノー」を考えて、自分にとって幸せな方を選ぶことができます。

 

他人のために何かすることが愛を得るための保険であるかのようにしていると、自己犠牲が習慣になってしまいます。

 

「『イエス』と答えるよい人」をやっていると、一時的な自尊心の高まりを感じるかもしれませんが、この感情は長続きしません。相手がそれに相応しい反応を返してくれないと、自分はうまく利用されたと感じてしまうからです。

 

わたしたちが、このような自己犠牲を進んでやってしまう理由は4つあります。

 

1.他人が苦しみを経験しているのを見たくないから。

.自分が正しいと信じていることをしたいから。

3.罪悪感や自分は利己的だと感じたくないから。

4.人から見捨てられないように、つながりを維持したいから。

 

けれど、自分自身のニーズを犠牲にして他人のニーズを満たそうとすると、心は正直ですから喪失感や怒りや憎しみが湧いてきてしまうのです。

 

もし、あなたが自分を犠牲にしていると感じたら、心の中の喪失感に気づいてあげることが大切です。

自分の感情的ニーズを見つけ、満たされないニーズに対する気持ちを表現することも重要です。

自分のニーズを満たすための積極的な行動も必要です。

 

誰かを助けたいというとっさの衝動を感じたときはしばし待つ、と決心してください。

 

「それは自己犠牲なのか?自分を幸せにする心から生まれた思いなのか?」

「わたしは自己犠牲を払って何を得たいと思っているのだろうか?」

「どうやったら、わたしはそれを自分自身に与えられるだろうか?」

と問いかけてみてください。

 

「ノーと言え」なくて「『イエス』と答えるよい人」は、自分自身に犠牲を強いる酷な人でもあるわけです。

そしてわたしたちがつい誤解してしまうのは、「自分を犠牲にしてまで他者を助けることは正しい」と思うことです。

 

この地球上の生き物のルールは、「生き残る」ことが勝者で、死んだら敗者です。

自分の生命の責任をどんな小さな生き物も背負っています。

 

自分の生命を維持できなければが、他の生命の責任を背負えません。

他の生命の責任を背負えるのは、自分の生命の維持が確保でき助ける余力がある者だけです。

 

溺れそうな人が溺れている人を助けようとしたら、両方が死んでしまうことになります。

元気に泳げる自信のある人だけが、溺れている人を助けることができるのです。

 

自分のために誰かが自己犠牲の苦痛に耐えながら助けてくれるのと、余力で喜んで助けてくれるのとでは、どちらの助けを嬉しいと思いますか?

 

自己犠牲を払って何かをしても、その相手はあまり嬉しいとは感じません。だから、感謝の気持ちも湧いて来ません。

自分も苦しくて、その相手から感謝もされないのならば、自己犠牲を払ってまでやる価値はないですよね。

 

「自分を愛する」ならば、自己犠牲と決別しましょう。

ただ、あまりに長く「『イエス』と答えるよい人」をやっていた人は、それが習慣になってしまって「自己犠牲」なのか、心からの「貢献」なのか、区別がつきにくいと思います。

 

ここで「自己犠牲」と「貢献」の区別をしてみましょう。

「自己犠牲」は、それやりたいと望んでいるわけではありません。「わたしがそれをやらなくてはならない」という思いがあります。

「貢献」は、それを望んでいる自分がいます。「わたしがそれをやりたい」」という思いがあります。

 

「自己犠牲」は、自分がやらなかったら嫌われしまうという「怖れ」が根底にあります。

「貢献」は、自分が何かの誰かの役に立っているという「喜び」が根底にあります。

 

「自己犠牲」は、助けたことに対して感謝されないと「喪失感や怒り」が出てきます。

「貢献」は、助けたことを誰にも認められなくても「与える喜び」「セルフイメージが豊かになる充実感」があります。

 

「自己犠牲」と「貢献」はこのくらい感じ方が違うので、誰かに何かを頼まれて戸惑う自分を見つけたら、自分に正直でいるために「あらためて連絡します」といって、時間を稼ぎましょう。

 

そして、考えてみるのです。

「それをわたしは心からやりたいのか、そうでないのか」

「よい人と思われたいから、嫌われるのが怖いから、やろうとしているのか」

「それを引き受けても、相手が感謝しなかった場合、喪失感や怒りを感じるのか、感じないのか」を想定して、自分が何を感じているのか観察しましょう。

 

まずは、そうして「自己犠牲」の習慣を手放していきます。

「自己犠牲」からではなく、「貢献」の気持ちでやろうとしているときは、それがどんな些細なことでも承認する気持ちを持ちましょう。

 

「貢献」は「与える喜び」と「受けとる喜び」のエネルギー循環が起こるので、「貢献」をする側もされる側も満たされます。

そして「喜び」の周波数は「大いなる存在」の波動でもあるので、「喜び」が共鳴しミラクルを起こすのです。

 

「貢献」の喜びを知ってしまうと、あらゆる物事を「貢献」に転換してみようと思うようになります。

「自己犠牲」では、惰性で自分を消耗させるばかりで何もよいことが起こらないと気づくからです。

 

食べていくための仕事をしていたとしても、社会の営みのひとつとしてどこかで誰かの役に立っていると思うのか、それを義務でやっていると思うのかで、「貢献」のエネルギーが出てたり出なかったりするのです。

 

「自己犠牲」の習慣を手放すと消耗しなくなるので余裕が生まれ、自分が喜んでできることで人や社会に貢献してみたい気持ちが自然に湧いてきます。

 

 

次回は「パスワーク」、次々回は「アラン・チューリングのホロスコープ」、その後「自分を愛せなくなった人々へ」に続きます。

 

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