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自分を愛せなくなってしまった人へ―自らに光をともす29の方法
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こんにちは、リブラです。今回は、ティール・スワン著「自分を愛せなくなってしまった人へ」の解説の続きです。
ツール3 最も重要な決断をする
・真の動機を見つける
・自分の幸せを優先する
自分の外側の動機(報酬や義務や怖れなど)によって選択・行動して得る幸せは、一時的な幸せです。
自身の内的空虚感を、外側にある代用品で満たそうとしているだけなので一時的な幸せに終わります。
すべての存在は、内的動機を持って生まれてきます。
誰もが自分の人生を方向づけ、新しいことを学び創造し進歩しながら目的を見つけたいという欲求を持っています。
これがわたしたちの本質です。
ですから「自己愛に基く生き方(自分の幸せを優先する生き方)」は、内的動機に従って生きることなのです。
「自分にとって価値のある幸せとは何だろうか?」と自問して、もしも、内的動機(報酬・安定などの外的要因とは別ものの動機)としての価値ある幸せが思い描けなかった場合には、外的動機を内的動機に交換する勇気が必要です。
報酬を得たり、罰を避けたり、義務を果たすことよりも内的な喜びを優先することが、「自分を愛する」ための唯一の道なのです。
あなたが幸せを優先しても、誰も傷つけることにはなりません。
それどころか、あなたの中から溢れ出る幸せの光で、暗闇にいる人たちを助けることができます。
あなたが手本となって、他人にも内的幸せを見つける方法を教えることもできるのです。
真の自己愛とは、幸せ以外のものはすべて目的ではなく、方法にすぎないと理解することからやってきます。
わたしたちは生まれた瞬間から、生き残るために、外的要因からの快・不快を敏感に察知しながら、選択・行動するように身につけてきました。
これはエゴ(生存本能)が身につけさせたことなので、エゴが望む幸せな人生(安心・安全で豊かで想定通りに進む失敗のない人生)を生きるつもりならば、外的動機で選択・行動していけば、その通りの人生になるでしょう。
ところが多くの人々はそうならず、現実を生きることに苦しみを感じます。
なぜでしょうか?
それは、わたしたちの本質(魂意識)が「自分の人生を方向づけ、新しいことを学び創造し進歩しながら目的を見つけたいという欲求を持っている」からです。
「安心・安全・失敗なく想定通りの人生を生きよう」というエゴ(生存本能)の動機で選択・行動していたら、魂意識主導の進化・成長し無限に創造性を発揮する人生」は展開していきません。
だから、外的動機で行動して得られたものに永続的な幸せを感じられず、もっと違う何かで足りないものを埋めようとして、苦しみのスパイラルにはまり込んでしまうのです。エゴの動機だけ叶えても幸せにはなれず、むしろ苦しくなっていくのがこの世の常です。
エゴの動機で生きることに疲れ果て、すべてを投げ出したときに、やっと「ほんとうの幸せは無条件なのだ!」と気づくのです。
エゴは人間社会でより良く安全に豊かに生きるために、高度なことをして競争に勝ったり、人気を得たり、愛されたりしなければならないとわたしたちに囁き、内的動機に従う隙を与えません。
しかし、エゴが嫌う想定外のことが起きたり、外的動機で動いたことが失敗したり、生き残る希望を失ったりして、エゴが主導権を放棄した(降参した)場合、一瞬のうちに「存在の喜び=魂意識の喜び」の波動を感じることができるのです。
これはさんざんな失望を体験し、一縷の望みも絶たれて、どこにもすがれなくなったとき、エゴに背を向けて外的動機で動くこと(条件付きの人生)を諦めた瞬間に感じる魂意識の微かな光なのです。
ほんとうは誰もが経験していることなのですが、魂意識の波動を感じて「生きているだけでも喜びなんだ」と気力が復活すると、すぐにエゴも復活して外的動機で生きる選択を始めるので、「存在の喜びに輝く魂意識の波動」に助けられたことを忘れてしまっているだけです。
内的動機(魂意識の動機)に気づきたければ、「いま、ここ、この瞬間」に存在するものにフォーカスしましょう。
自分と自分を取り巻く環境、そこに存在する人々も含めて、それは「(エゴの)外的動機と(魂意識の)内的動機が一致した」からそこに存在していられるのです。
「こんな環境にいるから、こんな人間関係に取り巻かれているから、(魂意識の)内的動機に気づけるわけがない」とかの心配は要りません。(魂意識の)内的動機はシンプルです。
「自分で選択した人生に責任を持ち(人のせいにしない)、新しい自分を発見し、その自分の創造性と可能性の伸ばす生き方をすること」につきます。つまり、自分主導で、自分史上初の体験をして新しい自分を発見し、その自分の可能性を創造性を発揮して生きてみれば、それが内的動機で生きることになるのです。
これには「○○でなければならない条件」はありません。どんな些細なことでも、価値がないように思えることでも、新しい自分を感じられる新鮮な喜びが感じられれば、内的動機が共鳴しているサインです。
「わたしは創造性ないから無理!」という声が始めるまえから聞こえてきたら、それはエゴが邪魔しようと必死になっていると理解しましょう。それは言い換えれば、非常にやる価値が高く、エゴの進化成長につながることの裏付けになります。
エゴも進化・成長をしたくないわけではありません。
エゴが内的動機になぜ邪魔するかと言えば、知らない領域では主導が握れないし、失敗を怖れるからです。
でも、エゴは生存本能由来の意識だから、身体の快・不快にはすごく正直なので、「新しい自分を発見する新鮮な喜び」を感じるようになると、内的動機によるチャレンジに積極的に乗ってくるようになります。
恋愛などはその典型的な例ではないでしょうか?
他者という未知の領域に対し、心を開いたり、思いやったりするのです。
これは、いつもの自分とは違う自分が出てきますよね?創造性は自然にアイディアとなって降りてきますよね?
こういうとき、エゴに主導権を持たせると、「相手にもわたしと同じ気持ちになってもらはなくてはいけない」「わたしばっかり思いを寄せて、不公平ではないか」「相手はわたしのこの思いを利用しようと付き合っているのではないか」という、「新しい自分を発見する新鮮な喜び」(内的動機)から逸れた方に先導します。
この囁きに惑わされず、「新しい自分を発見する新鮮な喜び」にフォーカスすれば、恋愛だって内的動機で人生を生きるレッスンになります。
マンネリ化した夫婦関係やひび割れた親子関係でも「新しい自分を発見する新鮮な喜び」にフォーカスし続けていれば、相手の反応よりも自分の進化成長の方に気持ちが動き、どうしてその関係の中に自分がいるのか、その環境のおかげでどんな新しい自分が見いだせたかがわかって、感謝の気持ちさえこみ上げてくることでしょう。
今年もわたしの実家では元旦恒例で、父が用意したお正月のご馳走を、わたしと母とふたりの妹たちとその旦那さんたちと和気あいあいと心から味わって、楽しみました。
去年とは違うわたしの発見は、父が弟の経済的な尻拭いを「しょうがない奴だ」といいながら甘々にしてあげている事実を聞いても、弟への苛立ちも父が無意識にしている差別への違和感もなく、「この人たちはそういうプロセスをいま歩んでいるんだな」と思っただけでした。
「女の子なんか育ててもなんの役にも立たない。どうせ人にくれてやってしまう奴らなんだから養ってやるだけでもありがたいと思え」とさんざん言われても、父が勧める銀行員のコースに逆らって検査技師になる意志を表明したとき、ボコボコに殴られて身を守る威嚇のために流しでかち割ったジャキジャキのビール瓶を振りかざした17歳のわたしを思い出し、56歳のわたしは誇らしく思いました。
父が冷酷非情な態度に出たから、わたしは命がけで自分の夢を貫く生き方が鍛えられたわけで、弟のように過保護に育ったら起業して占い師を生業にするチャレンジはできなかったと思います。
その役目さえ果たしてしまうと、悪魔のような態度や言葉で攻撃してきた父は、いまでは、同じ流し台で家族に振る舞った食事の食器を楽しげに洗い、「元旦が終わるとみんな嵐が去ったようにいなくなるんだよな」と寂しげに呟いたりするのです。
すべてつながっていて、一部だけ切り取って言うことができないのがわたしたちの人生です。
目の前にいて、感情に波風立てる人々とは、そのプロセスは違っても互いに不可欠な影響を及ぼします。
いつからでも、どこからでも、何からでも、最高の学びや進化・成長をエゴがしていけるように、(魂意識の)内的動機は導いてくれるのです。
そして、「自分のほんとうの幸せ(内的動機)を優先する」ことが身につくと、エゴは魂意識の選択に抗わなくなるので、葛藤もなくなります。したがって、葛藤が引き寄せるネガティブな現象に邪魔されることなく物事が展開するようになるのです。
次回は「パスワーク」、次々回は「ベートーヴェンのホロスコープ」、その後「自分を愛せなくなった人々へ」に続きます。
わたしのサロン、リブラライブラリーでは、あなたの心のしくみをホロスコープで解説し、
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詳しくはこちらご覧ください。
新メニュー(*月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、*キローンの苦手意識を強みに変えるワーク)
が加わりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
