こんにちは、リブラです。今回は、閃めく経絡の解説です。

 

29.陽明経-顔の構造学

陽明胃経は、鼻翼の外側に起こり、口、下顎、耳の前などを通って額中央に至る(承泣・地倉・頬車・下関・頭維)。支脈は鎖骨のくぼみ(欠盆)に入り、横隔膜を貫いて胃に属し、脾に入る(乳中・乳根・不容)。下降する脈は胸部、腹部から大腿、下腿の全面を通って足の第2指外側に至る(天枢・髀関・足三里・豊隆・厲兌)。

 

消化管経(足の陽明胃経)は、全面の正中線の両側にある。口角から始まり、すぐに眼に枝を出す。

 

顔に関連する折りたたみは複雑だが、主に「眼」「口と鼻」「耳」と3つの場所を中心に回転してできた構造。

顔は、発生学的には、内側(卵黄嚢)が外側(羊膜外胚葉)に出会う場所でもあり、顔にある経絡すべてがこれらに引き付けられて終わる。

・眼:消化管経・胆経の経絡が眼を走行する(胆経は2本)。膀胱経はここで終わる。

・口と鼻:消化管経は口から始まり、大腸経は鼻で終わる。

・耳:小腸経、三焦経、胆経はすべてここで始まるか、終わる。

 

これら内側と外側が出会う場所は、不変で、折りたたみが周辺で生じ、内部と外部の氣が出会う場所でもある。とキーオン氏は言っています。

 

「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていただろう」なんて言われているくらいですから、顔の構造というのは人類にとって関心の高い部位です。

 

それだけでなく、小宇宙と呼ばれるわたしたちの身体の細胞たちにとっても、最大の関心事であったのかもしれないと、この本を読んで思いました。

 

なぜなら、こんなに手をかけ暇をかけ複雑な折りたたみ構造にしているわけですから。

わたしたち人類のエゴが顔の美醜にこだわるのは納得できますが、胚のときにこの構造を指示して作らせた「神経堤細胞」に聞いてみたいものです。

何故、顔の構造にそれほどこだわりを持ち、手間暇かけたのか?

誕生してしまった後の人間とは、違う目的でこだわったのだろうと思います。

 

以前動物の行動学の本を読んだときに、世話をしてもらわなければ死んでしまう小猿と人間の赤ちゃんを比べた話を目にしました。

 

猿の赤ちゃんは、ずっと母猿に抱っこされていないと体温を保てないし、外敵から守ってもらえないし、はぐれたら死んでしまいます。

だから必死に母猿の毛にしがみつきます。

 

人間の赤ちゃんもその名残か、こぶしを握りしめていて、手の中にホコリや糸くずを掴んでいるのがよく見られます。

でも、人間の母親にはしがみつけられるような体毛はありません。

 

人間の赤ちゃんは何にしがみついて自身の生存を確保するのでしょうか?

 

その答えは、顔なんだそうです。それも、満面の笑みです。

 

人間の母性本能は、赤ちゃんの顔の配置に注目し、その満面の笑みに釘づけになるようにプログラムされているそうです。

たしかに、たとえその子の母親でなくても、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべる赤ちゃんと眼が合ってしまったら、その場から離れたくなくなりますよね。

 

これは、人間の赤ちゃんだけでなく、顔の下の方に眼や鼻や口が集結して、額の部分が顔の半分を占めるような構造をしていると、母性本能が認識して「可愛い!」という気持ちにさせるそうです。

子猫も子犬もそんな顔の比率ですよね。

 

神経堤細胞が顔の構造にこだわって指示を出し、手間暇かけて複雑な構造をやってのけるのも、子どもの顔の表情を豊かにして少しでも生存率を高くするためではないのか?とわたしは思うのです。

だとしたら、ここに働くは見えないけれどエゴ(生存本能)です。

 

エゴは受精卵のときからすでにわたしたちの細胞を仕切っていたということになります。

だから、人生の主導権を取ろうと必死なんでしょうね。

ここまでつくってやったのに、なんで魂意識に主導権を返還せねばならないんだ、と言いたいとこなのでしょう。

ちょっと、エゴに共感しちゃいます。

 

次回は「ジョン・レノンのホロスコープリーディング」を、次々回は「自分を愛せなくなってしまった人へ」の解説を、その後「閃めく経絡」のお話しの続きを予定しています。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。