こんにちは、リブラです。今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」のお話です。

 

第10章「手放すこと」ってどういうこと?

第5節 災難に見舞われたとき、どう在るか?

 

無意識に生きている人の場合、極限状態に直面するというきっかけがないと、さとりをひらくことができないようです。

 

極限状態は、肉体的なものにしろ、心理的なものにしろ、死との直面です。

そのような苦しみが、「手放すこと」へと自分を追い詰めることになり、エゴの硬いカラを打ち破って、さとりをひらくのです。

 

エゴのカラが少し破れ、その破れ目から、思考の奥にある「大いなる存在」の平和が、輝きはじめます。

 

災難もしくは、途方もなく「まずいこと」が起こったとき、その出来事には、別の側面があることに、気づきましょう。

 

そんなときには、悲嘆に暮れるのではなく、比類なきほど素晴らしいことの、ほんの一歩手前にいるということに、気づくべきです。

 

なぜなら、痛みと苦しみという「卑金属」を、「金」に変える、錬金術的な変化を起こす、一歩手前にいるからです。

その一歩は、「手放すこと」と呼ばれているステップです。

 

「手放すことをすれば、恐れと痛みは、内奥にある「大いなる存在」から湧き上がる「心の平安」に変わるのです。とエックハルト・トール氏は言っています。

 

エゴは物質世界こそ1番信用できる現実だと信じて疑わないのですが、「死」に関してはいつか必ず訪れる真実を受け入れないことが多いのです。

いかに安心・安全に生きようというところには注目しても、人生の終点である「死」を意識しようとすると、とたんに曖昧になるのです。

 

生存本能から生まれた意識がエゴですから「死」を考えたくないのはわかりますが、方向性や現在位置を確認しなければならない岐路に立つとき(残された人生の時間やその中でできることを数え始めるとき)、エゴは意気消沈して驚くほど小さくなります。

 

エゴにとって「死」から逆算して人生を考えることは、恐怖でしかないのです。

たがら大昔から、悟りをひらくために身体を極限状態に置く難行苦行があるのです。

 

「死」の危機を感じ、「死」へのカウントダウンが始まると、エゴは降参し「安心・安全・無難に生きたい」欲求を手放し、主導権を魂意識に返上します。

 

肉体的にあるいは精神的に生存への絶望を感じる状況に追い込まれると、エゴはあの手この道と安心・安全路線を提案してきますが、そのどれもが実行不可能でお手上げ状態になると、「あとはご自由に」と言わんばかりに主導権を魂意識に投げてよこすのです。

 

この状態は「魂の暗い夜」と呼ばれています。

エゴがジタバタと生存のための格闘をする試練期とは違って、無気力と虚無感に苛まれて何もできず、時間も止まったような静かな状態です。

 

このとき、魂意識は長い眠りから目覚めて、「ほんとうの人生」の舵取りを始めます。これがさとりがひらかれる瞬間です。

この瞬間になってはじめて、魂意識の意図と逆方向ばかりに針路を取っていたことに気づきます。

 

エゴにそそのかされて魂意識に抵抗していたことは、抵抗を手放してからでないと気づかないのです

 

わたしの場合も、エックハルト・トール氏が「無意識な人は極限状態をさとりをひらくきっかけにする」という例に入ります。

 

わたしは2010年の秋に、翌年のおひつじ座天王星入りを機に占い師として起業をするべく病院勤務を辞めたのですが、アカシックリーディングの学校に通う間は検査技師・内視鏡技師のアルバイトで主収入を稼ぎ、副業的に占い師をしてゆっくり実力をつけてから開業しようという、安心・安全路線にいつの間にかすり替わっていたのです。

 

でも、これはわたしの魂意識の意図する方針ではなかったのです。

おひつじ座というスピード感のある星座に変革の天王星が滞在しているのですから、占い師をするために(ホロスコープの人生を生きるために)病院勤務を辞めたなら、さっさと本格開業してプロを目指せ!と急かされるような出来事が起きたのです。

 

2011年の暮れに、胃の不調を感じて胃カメラをすることになったら、軽い十二指腸潰瘍の他に、不整形で扁平した腫瘍が胃に見つかったのです。

手術をしてもすぐに拡がってしまうタイプの未分化癌そっくりの肉眼的所見だと内視鏡医から言われ、年末なので病理診断を年明けまで待たなければいけませんでした。

 

その年の年末は、わたしにとっての精神的な極限状態でした。

未分化癌だと確定したら、手術を選んで生き残りに賭けるか、手術をしないで死までのクオリティオブライフを重視するかを、3日間考え抜きました。

 

そして、遅かれ早かれいつか迎える「死」だから、それまでの間、自分らしく生きられる道を選択しようと結論を出しました。

わたしは内視鏡技師として働いていたときに、たった3週間で目を疑うほど大きくなった未分化癌の症例を見たことがあるので、病気と格闘して人生の最期を迎えるより、残された余命を一瞬一瞬悔いなく生きることの方を選ぶ決心を、その年末にしたのです。

 

最後だと思って大みそかを過ごし、最後だと思って正月を迎え、家族に会いました(この時点では、まだ病理診断が出てないので、家族にはなにも話しませんでした)。

 

そして、受け取った病理診断は、なんと過形成ポリープ(良性腫瘍)でした。

生検した5箇所がすべて良性ポリープだったので、胃カメラの写真と病理診断を見比べた医師が首をかしげ、「これがほんとうなら、万々歳だけど、ぬか喜びさせて手遅れじゃたいへんだから、念のため、もう1度胃カメラ受けてください」と言われました。

 

このときはわたしは、すごく落ち着いていました。

良性腫瘍を最初から確信している内なる自分が、「ほらね。自分らしく生きるって決めたから、現実の展開がそのために動き始めたでしょ」という囁きが聞こえて、ずっと安心感に包まれていたのです。

いつものうるさいエゴは、「死」を意識した自由選択権を魂意識に返上してから、すっかり静かになったのです。

 

結局、次の内視鏡検査で10箇所生検を取っても、すべて良性腫瘍で、形も大きさも元のままでした。

 

わたしに「死」を意識させることで精神を極限状態に追い込み、エゴを降参させてくれた魂意識の存在を、わたしは人生のターニングポイントで身を持って実感しました。

 

エゴの抵抗は手放した後はすごく楽ですが、手放す以前は、魂意識の意図に逆らう方が楽で安全のように思えてしまうから不思議です。

 

次回は「閃く経絡」の解説の続きを、次々回は「ノストラダムスのホロスコープリーディング」を、その後に「さとりをひらくと~」のお話しを続きを予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちら をご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、

キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。