こんにちは、リブラです。今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」のお話です。

 

第10章「手放すこと」ってどういうこと?

第3節 個人的な関係で「手放すこと」

 

問い:暴力や攻撃といったものに対する「無抵抗主義」は、どうなのですか?

 

答え(エックハルト):わたしの言う「無抵抗」は、必ずしも「なにもしないこと」を意味するのではありません。

わたしの言う「無抵抗」は、どのような行動も、感情的リアクションにならないということです。

 

強烈に「いまに在る」ときには、「なにもしないこと」自体が威力を発揮し、状況や人々を変化させたり、癒したりすることがあります。

 

道教には「行動なき行動」もしくは「なにもせず静かに座る」と訳される「無為」という言葉があります。

 

古代中国では「無為」は、もっとも気高い行い、美徳のひとつとみなされていました。これは、怠慢、優柔不断とは、対極にあります。

 

真の「なにもしないこと(無為)」は、「手放していること」、「無抵抗であること」、「意識がはっきり目覚めていること」が要求されるのです。

 

エゴは抵抗をすることが強さの証で、「大いなる存在」のパワーである、純粋さ、いつわりのない姿を、弱さとみなします。

 

「手放すこと」によってのみ、人は「裸」になり、「傷つきやすく」なります。

しかし、そうしてはじめて「ほんとうの自分」がカラを破って姿を現わし、「ほんとうの自分」は、決して「傷つかない」ことを発見するのですとエックハルト・トール氏は言っています。

 

光と闇、男性性と女性性、陽と陰、などの極性のあるもの同士が統合すると、「奇跡的なパワーが発生する」というのが錬金術の奥義です。

 

それは人間としてのわたしたちの精神性にも言えることです。

 

全知全能の神の分霊である魂意識(永遠で完全で傷つくことも未熟さもない)と、身体意識(エゴ;有限で傷つき未熟で、成長の余地がある)が人間の心に同居しているのです。

 

「ほんとうの自分(魂意識)」は、「純粋さ」と「いつわりない」姿でいることがもっとも強いと知っています。それが「大いなる存在」のパワーが働く必須条件だからです。

 

「エゴが作り上げたニセモノの自分」は、「純粋さ」も「いつわりない」姿も弱さとしか映らず、その弱さを覆い隠すため、絶えず外側の世界の価値あるもの(富や名誉や地位や知識やステータスや関係や環境など)を取り込んで、それを獲得できる自分がほんとうの自分で、強さの証だと信じているのです。

 

このエゴの幻想である「ニセモノの自分」を追求しているかぎり、苦しみ、際限のない努力、孤独、不安は終わりません。

 

なぜなら、これらエゴが強さの象徴と称えるものは、有限で、不安定で、コントロールができないもの(自分のものでない)からです。

 

自然災害ひとつで、景気の変動ひとつで、病気ひとつで、別れのひとつで、もろくも崩壊してしまう、メッキのような「ニセモノの自分」だからです。

 

エゴにそそのかされれば「ニセモノの自分」のメッキをすることで、消耗して終わる人生になります。

 

魂意識の導きに従うならば、エゴの反発を退けながら、「ニセモノの自分」のメッキを手放し、自身の弱さを直視し、そこに輝く「純粋さ」、「いつわりのなさ」を見つけ、「ほんとうの自分(ありのままの自分)=本質」に出会うのです。

 

「ほんとうの自分」を取り戻せば、「ニセモノの自分」のメッキにたいした価値を見い出さなくなるので、「手放すこと」の方が自然に感じられます。

 

「ほんとうの自分」のところにやって来るもの・去っていくものを、自然に受け入れ、自然に手放すことが、季節の循環のリズムのように感じられるのです。そして、そのリズムをコントロールしようという不毛な努力をしようと考えなくなります。

 

わたしたちの不幸のは、コントロールができないはずのものをコントロールしようと努力することから発生します(夏が来ることや去っていくことを止めることはできないですよね?人の心や景気の変動もコントロールできませんよね?)。

 

他者の気持ちや行動やその関係をコントロールしようとしたり、自分の外側の世界を自分の内側を見ることなしに変えようとするのは虚しい努力で、一瞬手に入ったように見えても全体性のパワフルな流れに合えば飲み込まれて、「ほんとうの自分」以外のものは、全部剥ぎ取られます。

 

だから、自分の「純粋さ」「いつわりのない姿」を見つけることは、決して失わない真の輝きを見つけることに等しいのです。

古代中国で「無為」が気高い美徳と言われたことが、納得できると思います。

 

何もない、何もしていないときの自分の中に、普遍の本質を見出せれば、そこにはエゴが執着するものは何もないので、いっさいの制限のない無限の可能性を手に入れることになります。

 

「大いなる存在」ともずっと連携した状態でいられます。ミラクルの流れに乗りっぱなしでいることになります。

どうせ選ぶなら、こっちのコースの方がいいなとわたしは思います。

 

次回は「閃く経絡」の解説の続きを、次々回は「ノストラダムスのホロスコープリーディング」を、その後に「さとりをひらくと~」のお話しを続きを予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

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新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。