こんにちは、リブラです。今回は、閃めく経絡の解説です。

 

26.手太陰肺経-喉

肺は消化管と同じ場所から発生している。

口腔と鼻が同じ空間と結合し、喉頭で再び分岐する理由は、発生学的に両方とも同じ場所から生じるためある。

 

肺は、原始腸管の喉頭が終わる場所から生じる。

(手太陰肺経は、中焦―胃の入り口~へそまで―から起こり、下って大腸を、戻って胃の噴門を巡り、横隔膜を通って肺に入る。肺から喉を巡り、腋の下に出て上腕を下り、肘窩、前腕、手関節前面の動脈拍動部、母指に行き母指端に出る)

 

発生学者は、肺と消化管は摂食のため、同じ場所から発生すると考えている。

 

多くの魚は、口から入ってエラを通る水から、食物の粒子を濾し取り、酸素と栄養の両方を得ている。

ヒトの場合、この相互作用が生じる場所が、喉となる。

 

肺は卵黄嚢から生じ、いったん成長を始めると自身で成長を続けるユニークな面を持つ。

この事実から、肺は身体と喉頭とだけつながっている。ほとんどの臓器は、発生において他の臓器からの誘導を必要とするが、肺は違う。

 

喉頭と氣の関係は、声の状態が肺の氣の質と関連する。喪失は声の質を変え、悲しみは喪失に関わるため、肺に影響を及ぼす。とキーオン医師は言っています。

 

呼吸することと食べることは、あまりに自然にしていることなので、何かトラブルが出ない限りさほど高度なことをしている意識がありません。

 

でも、よく考えたら、水や食べ物を気管の方にわずかでも誤嚥すると、むせてたいへん苦しいですよね。

 

身体にとって不可欠な酸素と飲食物を、しっかり分けて取り込む役目をしているのが、喉頭です。

 

喉頭は、喉頭蓋というフタと舌の間に水分や食べ物をはさみ込み、気管を閉じて食道の方に流し込みます。

ここの部分が魚のエラの部分で、酸素と栄養の取り込み口は一緒でも、肺には酸素、消化管には飲食物が行くようになっています。

 

喉頭は、筋肉に力を込めるときにも役立っています。

呼吸を止めて肺の空気を逃さず気管を閉めて、胸郭を固定します。

 

そして喉頭には声帯があり、発声します。

肺から送られる空気を声帯で振動させて音をつくり、咽頭や鼻腔や舌や唇で音色を変えて、声にするのです。

 

肺は聖なる酸素を取り込み、毒素を排出する霊的臓器で、その肺から送られてくる空気で「声」をつくるのですから、創造主が「言霊」ですべてを創ったというイメージを浮かべると、「声」や「言葉」に霊的パワーが乗り移るのもわかる気がします。

 

わたしたちの魂は、固有のハーモニクスで振動しています。

声帯の振動から音をつくり出しているのですから、その声の主の魂のハーモニクスも乗りやすいと思います。

 

わたしたちが声を出すとき・話すときは、魂の波動を乗せて身体と共同創造で、外に向けて表現していることになりますね。

 

シリウス人の魂が地球人ウォークイン(地球人の転生に、シリウスの魂が途中から入り込む)したシンガーのヤンタラ・ジローさんの講演に行ったとき、ライトランゲージ(宇宙語)を浴びるように聴いていたら、喉の奥がムズムズしてきて声を出したい衝動に駆られました。

 

そのときは帰宅してドアを閉めるとすぐに、口から不思議な言語が流れ出て、2時間も意味不明のライトランゲージを話していました。

 

意味もわからないのに懐かしさがこみ上げてきて、大泣きしながら疲れ果てるまで話し続けていました。

誰もいませんでしたから、思い切りライトランゲージが話せて終わったときは、気分爽快でした。

 

それ以来、理由のない寂しさや虚無感がふっと湧いてくると、ひとりになれる時間に話していたのですが、不思議なことにクリスタルボウルを触れるようになったら、ライトランゲージを喋りたい衝動がなくなってしまったのです。

 

もしかしたら、クリスタルボウルの波動の方が、わたしの口から出る音よりも魂のハーモニクスに近い音だったのかもしれません。

 

怒りや悲しみやショックで声が出なくなるときがあったり、ストレスで発声ができなくなる症状があるのも、心と身体と魂が不協和音を起こして、聖なる風が肺から送られてくるのを、周波数の異なる表現で打ち消し合ってしまうのでしょう。

 

言葉や声は、心と身体と魂が三位一体で喜ぶものを、いつも発したいものだと思いました。

 

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