こんにちは、リブラです。今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」のお話です。

 

第9章「心の平安」は幸福と不幸を超えたところにある

第2節すべてを「あるがまま」に受け入れれば、人生の「ドラマ」は終わる

 

問い;すべてをあるがままに受け入れ、「心の平安」を維持している人の人生にも一般的な意味合いでの「悪いこと」は起こるものなのですか?

 

答え(エックハルト・トール);人生で起こる、いわゆる「悪いこと」のほとんどは、「無意識に生きている」ことから生じます。

 

完全に意識が目覚めている人は、無意識状態で「悪いこと=ドラマ」をつくり出すことはありません。

 

エゴは、わたしたちが「いまにいない」時、野放し状態の思考で人生をコントロールしてしまいます。

 

エゴは「わたしは、敵だらけの世界で孤立している『かけら』である」と考え、根深い恐れ欠乏感と闘っています。

 

のための習性が抵抗コントロール支配強欲防衛攻撃です。

 

複数のエゴが寄り集まると、衝突、問題、権力争い、戦争などの「悪いこと=ドラマ」がつくり出されるのです。

どんな「ドラマ」も、「無意識な人間」が集まってしまったことが原因です。

 

実はほとんどの病気も、エゴの執拗な抵抗が、身体のエネルギーの流れを抑制したりせき止めたりすることから生まれます。

 

自己憐憫罪悪感不安も、過去や未来に囚われて「いま、この瞬間」を蔑ろにすることも、「ドラマ」をつくる「原料」です。

 

無意識状態でエゴに思考をコントロールされている人は、「ドラマ」を愛しているものです。

 

エゴとひとつになっている人が、一番恐れていることは、「さとりをひらく」ことなのです。

 

「すでにそうであるもの」を100%受け入れて生きると、人生の「ドラマ」はすべて終わります。とエックハルト・トール氏は言っています。

 

この前の節<「良い」「悪い」を超えた至高の善>で、

「悪いこと」と呼ばれる出来事を通して、「大いなる存在」とひとつになる。

 

世界にはびこる「悪いこと」と苦しみの究極の目的は、名前と形を超えた、「ほんとうの自分」への気づきへと、人間を導くこと。

 

(わたしたちが限られた見解で)「悪いこと」とみなすものは、実際には対極のない「至高の善」の一部であること。

 

をわたしたちは学んできましたから、「悪いこと=ドラマだから、不安も罪悪感も持ってはいけない!抵抗も攻撃も防衛もしてはいけない!100%あるがままを受け入れて生きる?孤立無援な『かけら』のわたしが、どうやって『さとりをひらく』というの?」という脅迫的な思いに苛まれることはないでしょう。

 

どんなにネガティブな感情を持ってもいいですし、大きな幸せを夢見る人は、ネガティブな感情のエネルギーを資源にそれをポジティブに昇華させ、夢の具現化を図るのが最も効率がよく、近道です。

 

わたしが子ども時代暮らした所の近隣には、「夢の島」と名づけられたゴミ処理場あります。

そこには「夢の島体育館」があり、温水プールと熱帯の植物を育てるドームが設備されています。

「温水プールと熱帯の植物栽培」の資源は、ゴミの焼却のとき発生する熱を利用しているのです。

 

「悪いこと=ドラマ」で発生するネガテイブな感情に気づいたら、それ以上その感情に囚われる必要はないのです。

無意識状態で変な思考に乗っ取られ、望まない「ドラマ」に振り回されただけです。

それをほんとうに望んでいないならば、手放すことは簡単なはずです。

 

ネガテイブな感情に抑圧を受けた分だけポジティブな感情の拍車がかかるので、「望まないこと」を手放すだけで「いい気分」を浮上させることが可能です。

 

「悪いこと=ドラマ」から「ほんとうの自分」の気づきを得れば、「悪いこと」は溶かされ「ほんとうの自分」とひとつになるので、「さとりをひらくこと」になります。

 

「悪いこと=ドラマ」を操るエゴの策略がわかってしまったら、それ以上その手に乗っていられないですよね?意識が目覚めた状態ならば。

 

宗教的な修行者のように「ほんとうの自分」を求道する特殊な環境にないならば、「悪いこと=ドラマ」を利用して「さとりをひらく(ほんとうの自分に気づく)」方が、現実的です。

 

日常生活は「ドラマ」でいっぱいですから、材料に事欠きません。

次から次へと悩みや問題が絶えない人は、ほんとうはその悩みや問題の解消など望んでいなくて、「苦しい!」と訴えながら波乱万丈な「ドラマ」で感情が浮き沈みするのが好きなのかもしれません。

 

この世は自分が信じたものが現実化します。

ネガティブな現実を信じながら、ポジティブな具現化は起こりません。

 

野放し状態で発生する思考で「ドラマ」を創り出し、恐れや不安などのネガテイブ感情でその「ドラマ」にエネルギーを吹き込んでおいて、幸せな具現化を望んでも、現れるのはネガテイブな感情に相応しい現実です。

 

森羅万象・万物の意識である集合意識は、わたしたちの感情の世界である潜在意識とつながっています。

思考で「信じる」ことより、感情の思いが動く方が強く「信じている」と潜在意識は伝わり、集合意識に送るのです。

 

無意識状態でネガテイブな思考に乗っ取られて、不安な感情に駆り立てないこと。または、それに気づいたら、即座にそれを止めて「いま、この瞬間」に意識をフォーカスし、「大いなる存在」とひとつの自分を感じること。

 

それだけしていれば、本来「ドラマ」は起こらないのですが、巷に「ドラマ」で溢れているのは、それだけ人類が「ドラマ」好きなのでしょう。

 

「大いなる存在」の愛は「自由選択」なので、「ドラマ」が好きな人々は気が済むまでそれを体験し、「ドラマ」がつまらなくなった人は、それを手放して「さとりをひらく」ことを選択すればいいのだろう、とわたしは思います。

 

自身の思考を観察して変な考えで感情を不安にさせない。わたしたちがするべきことはそれだけで、幸せへの扉はいつも開かれ、わたしたちの訪れを待っています。

 

次回は「閃く経絡」の解説の続きを、次々回は「ココ・シャネルのホロスコープリーディング」を、その後に「さとりをひらくと~」のお話しを続きを予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちら をご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、

キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。