こんにちは、リブラです。今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」のお話です。

 

第8章さとりに目覚めた人間関係を築こう

第8節「わたし自身」と関係を築くこと

 

問い;さとりをひらいた男性は、女性に魅力を感じるものなんでしょうか?

さとりをひらいた女性は、男性のパートナーがいないと、満たされないと感じるものなんですか?

 

答え(エックハルト・トール);さとりをひらいていても、わたしたちは、いわば「1個のりんごの半分」なのですから、形の上でもう半分を表す異性に惹かれます。

 

しかし、「大いなる存在」とつながった人は、この異性に対する「引力」を人生の中心ではなく、表面的な部分で感じます。

 

この世界で起こることはみんな、広大で果てしない大洋に起こる「さざ波」のように思えるのです。

自分自身が果てしない大洋であり、「さざ波」がその一部に過ぎないことをわかっているのです

 

ただ、これは、人とのつきあいが浅くなるということではありません。

逆に、さとりをひらいていなければ、ほんとうの意味で深く交流することができないのです。

 

「大いなる存在」を起点にしてはじめて、形(物質次元の男女の違い)というヴェールの奥の真実を認識できるからです。

 

「大いなる存在」の次元では、男性と女性はひとつです。100%満たされ、平和な状態にあるのです

 

問い;同性愛者であることは、さとりをひらくうえで、有利だったり、逆に障害になったりするのですか?

それとも異性愛者と変わりませんか?

 

答え(エックハルト・トール);自分のセクシャリティが「みんなと違う」ことに気づき、それが社会の枠にハマる思考・行動様式を捨て去ることになるならば、同性愛者は無意識状態から引っ張り出され、高い意識レベルを持つことになるでしょう。

 

ただし、自分が同性愛者であることに基づいて、アイデンティティを形成するなら(同性愛者の自分を取り除いてしまったら、自分ではないという観念をもつなら)、ひとつの落とし穴を避けようとして、別の落とし穴にハマってしまうことになります。

 

「同性愛者のわたし」という外側の世界が用意したイメージに基づいて、役を演じ、ゲームをすることになり、「ほんとうの自分」不在の「無意識状態」になります。とエックハルト・トール氏は言っています。

 

長い長い転生の旅の中では、男性の人生も、女性の人生もやっていたような感覚が、誰しも意識の根底に流れているのではないでしょうか?

 

それは過去生で経験したとも言えるし、すべてが同時に存在する「いま、ここ、この瞬間」に在るときアクセス可能な集合意識の中の情報とも言えます。

 

人類の転生の記憶は、すべて「大いなる存在」にフィードバックされるので、集合意識を通じて、男性であるときの意識状態も女性であるときの意識状態も、ほんとうはどちらもわかっているのです。

 

そのわかっている状態の方にフォーカスすると、自身の身体の性別が、男か女かの片方でしかないとか、自分の反対の性を持つパートナーの必要性は薄れてきます。

 

身体の性はどちらか片方でも、意識の性は男性性も女性性も兼ね備えているので、外側の誰かの存在はいてもいなくても、満たされて平穏な状態が保てます。

 

これは好みの問題なのかもしれませんが、身体の性に合わせて意識の性も、片方を自分の、もう片方をパートナーで満たそうとすると、スリリングな充実と欠乏を味わうことができます。

 

パートナーと愛の交流ができるときは満たされ、それができないときは欠乏感に苛まれる体験をします。愛のスイートなところとビターなところを行ったり来たりするのも、人間の転生のおもしろさなので、本人が望んでいるならその選択もいいのかもしれません。

 

それに振り回されるのが飽きてきたら、自身の内なる男性性と女性性を統合する試みをお勧めします。

 

ただし、その領域に踏み込むと、足りない性をパートナーで補う関係は、すべて茶番劇に見えてきて退屈します。

 

自身の男性性と女性性の統合を果たして、意識上両性をバランスよく保有すると、「大いなる存在」も両性具有なので素晴らしい共鳴の感覚や融合を体験できます。

 

すべてとひとつになる満たされた瞬間は、何にも替え難い感覚を得ます。

神の国に拐われたけれど、人間界に還りたくなくなった水瓶座神話のガニメデスのような気分になります。

だから「大いなる存在」とつながる感覚は、手放したいとは思いません。

 

スリルと欠乏感に満ちた恋愛の「さざ波」よりも、「大いなる存在」との一体感の「深海にダイビング」するような満ち足りた静寂の方が、人間に生まれる体験をしてよかったな、と感じるのです。

 

宇宙飛行士になって、母なる地球を宇宙から眺めるときは、こんな感じがするのかな?と思います。

 

ずっと探していたものにやっと巡り会えたという懐かしさも感じるけれど、ほんとうは「大いなる存在」と分離したことはなく、わたしの幻想が隔たりを感じさせていたと気づくのです。

 

この感覚に満たされた状態で人に出会うと、人類愛を感じてすべてが愛おしく感じ、人間だけでなく森羅万象・万物も、みんなひとつになっているワンネスを感じて、幸せな気分になります。

 

恋愛ストーリーの渦中の人として、感情のドラマに巻き込まれる体験がおもしろいうちは、それを選択すればいいと思います。

 

それに飽きたら、「大いなる存在」とのつながりを思い出すとワンネスの愛に包まれる至福も待ってますから、試してみるとよいでしょう。

そのとき「さとり」が副産物として付いてきます。

 

次回は「閃く経絡」の解説の続きを、次々回は「ヘレン・ケラーのホロスコープ解説」を、その後に「さとりをひらくと~」のお話しを続きを予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちら をご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、

キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。