こんにちは、リブラです。今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」のお話です。

 

第7章「目に見えない世界」の入り口

第6節 空間にどんな意味があるのか?

 

エックハルト・トール;音が沈黙なしでは音にならないように、なにものも、「無」、あるいは「空間」がなくては存在できません。

原子の中身でさえ、ほとんど「空間」で、そこにあるのは個体の粒子というより音に近く、バイブレーションみたいなものです。

般若心経には「形あるものはすべて『空』であり、『空』は形である」とあります。万物の本質は「空」なのです。

 

問い;「空間」、すなわち「無」には、何か謎めいた性質が秘められているようですが、「無」のほんとうの正体はいったいなんですか?

 

答え(エックハルト・トール);あなたの思考が、「無」を「何か」にしたてあげようとしています。「無」を「何か」にしてしまった瞬間、あなたは「無」の本質を見失ってしまいます。「無」は「見えない世界」が「見える世界」に表れた姿なのです。

わたしはここで、みなさんに、「無」に対する理解ではなく、「見えない世界」に入れるようになるためのヒントを与えているのです。

 

空間自体には、何も存在しませんが、空間はあらゆる物質を存在させているのです。「見えない世界」も同じです。

 

(あらゆるものを存在させる)「見えない世界」=「無」に意識を向けると、意識のシフトが起こりますその理由は、「空間」か「沈黙」を意識すると同時に、思考活動をすることができないからです。

こうして、「空間」に意識を集中させても、「見えない世界」の入り口を開けることができます。

 

「見えない世界」が、万物を創造する無限の母胎なのです。

多くの人々は「物質界」について熟知していながら、肝心の「神」を知らないのです。自分を物質、思考のアイデンティティだけで定義づけ、「ほんとうの自分」については何もわかっていません。形あるものはみな、極めて不安定であるために、恐れの中に生きるはめになります。とエックハルト・トール氏は言っています。

 

ユダヤ教徒の子どもたちは、10歳までに「出エジプト記」を丸暗記させられ、ユダヤ人をエジプト人の奴隷状態から解放した救世主モーセのメンタリティーを刷り込むそうです。

「日本人とユダヤ人」の著者のイザヤ・ベンダサンも、ユダヤの家庭では、誰にも奪取できないもの、どこに行ってもその身ひとつで生きていけるようにするための知性や精神性(形のある財産ではなく、形のない財産)を、受け継ぐように育てると書いています。

 

「出エジプト記」の中で、モーセはせっかく神から新しい国の法律を授けられ記した石版を、ユダヤの民の目の前で激怒して割ってしまうシーンがあります。モーセの怒りの原因は、ユダヤの民が子牛像祀ってお祭り騒ぎをしていたことでした。

ユダヤ教では、偶像崇拝は固く禁じられていたのです。元々形のない神に勝手に形を与えては、いけない決まりがあったのですが、エジプトの奴隷になっている間に、すっかり偶像崇拝の文化が染み付いてしまっていたのです。

 

奴隷の意識(セルフイメージ)があると、つい、何か形あるものを崇拝したり、よりどころにしたくなりますが、そのマインドを持ったままでは「見えない神との契約」ができないことを、神とつながり海を割る奇跡すら起こせるモーセは知っていたのです。

 

「見える世界」に身を置いていれば、当然、見えるものの方に意識が行ってしまいますが、それを支えている「見えない世界」があること認めるか認めないかで、この世は2つの生き方を選択させるのです。

 

ユダヤ人であるアルベルト・アインシュタインは、次のように言っています。

「わたしたちの生き方には2通りしかない。ひとつは、『奇跡など全く起こりえないかのように生きるか』、もうひとつは、『すべてが奇跡であるかのように生きるか』である」

 

これは、「見える世界」をよりどころにして生きるか、「見えない世界」をよりどころに生きるのか、その2択の生き方しかないことを言っているのです。

 

つまり、物質界に意識を向けて現象化された出来事で一喜一憂している人は、物質界のルールの人生を生きることになり、「見えない世界」に意識を向けて「見える世界」の現象に惑わされない人は、「見えない世界」の奇跡の連鎖の中を生きることになるということです。

 

そして、どちらの人生を歩むのかは、その人の「想定(イメージ)次第」になります。想定(イメージ)は、セルフイメージが発生させ無意識の行動を引き出します。解放されても奴隷マインドのユダヤの民が、子牛像を祀ってしまったように。

モーセを捨て子と装ってわざとエジプトの王族の中で育てさせるようにしたのも、奴隷マインドを刷り込ませない教育のためなのでしょう。

 

でも、セルフイメージは、本人がどこに意識を向けるかで、自在に変えていけるものです。

自身の外側(見える世界)にばかり意識を向けていれば、「見える世界」の制限の中で生きるためのセルフイメージが育ちます。

自身の内側(ほんとうの自分)に意識を向ければ、「見えない世界」への入り口が開いて、奇跡の連鎖の中にいる「ほんとうの自分」に近づくセルフイメージが育ちます。どちらを選ぶかは、自由選択です。

 

次回は「閃く経絡」の解説の続きを、次々回は「ヘレン・ケラーのホロスコープ解説」を、その後に「さとりをひらくと~」のお話しを続きを予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。