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さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
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こんにちは、リブラです。
今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」の解説の続きです。
第4章 思考はいつも「いま」から逃げようとしている
第3節 「いったい何をそんなに欲しがっているのですか?」
カール・ユングは著書のひとつで、あるアメリカ先住民の族長と交わした会話を記述しています。
「白人たちは、いつも何か欲しがっている。しかも、いつも不安でそわそわしている。
我々には、白人たちがいったい何をそんなに欲しがり、何をそんなに恐れているのか、理解できない。
彼らの頭は、どうにかなっているんじゃないかね?」
人間が絶え間なく不安を抱えるようになったのは、いまに始まったことではありません。
なぜ人間はいつも不安なのでしょう?
イエスは、弟子たちに尋ねたものです。
「心配することで、あなたの寿命が1日でも延びるでしょうか?」
ブッダは、「苦しみの根底には、絶え間ない欲望がある」と説きました。
「いま」に対する抵抗という機能不全が、「大いなる存在」とつながれないことへの決定的な原因であり、わたしたちから人間性を奪い去る、現代文明の基盤にもなっています。
集合的な機能不全は、不幸で暴力的な文明をつくり出し、当の人間はもとより、地球上のすべての生命にとっても、脅威となっています。とエックハルト・トール氏は言っています。
「欲望」と「さとり」の関係は、大昔から対極にある悩ましい問題として扱われてきました。
天国に行けるのは無垢な幼子のような心を持つ者であり、裕福な人が入るのはラクダが針穴を通るより難しいとイエスは言って、物質的豊かさに執着すると本質的な幸せから遠ざかることを説きました。
一方で、「さとり」に至るプロセスを体験したブッダは、肉体の極限まで苦行を課して、物質次元の自分の存在(生存本能)を否定したのでは、けして「さとれない」ことも明らかにしました。
心も身体も心地よくやすらかな状態に「さとり」が訪れることを説きました。
だから、心を騒がしく煽る欲望は、手放してしまえ!という考え方ですね。
たぶん、人間ほど大脳が発達していない生物だったら、平和で、飢えも乾きも無縁で、休息も睡眠も十分にとれて、身体的苦痛がどこにもなくて、孤独でもなかったら、それが続く限りずっと「幸せ」ということになるのでしょう。
でも、高度に発達したわたしたち人間にとってそういう人生は「必要最低限ライン」であり、ほんとうの「幸せ」とは呼ばないでしょう。
昨日よりも今日、今日よりも明日・・・と進化成長し、新しい自分の発見にワクワクする瞬間が連続していくことに至福を感じるのが、本来の人類の在り方です。
脳内麻薬と呼ばれる神経伝達物質は、同じことを繰り返すとどんどん分泌量が下がりワクワク度も下がり、「飽きる」という現象を起こすシステムになっています。
「欲望」に振り回されることは絶え間ない欲求不満にさらされ、不幸な感情を発生させる原因になりますが、その「欲望」に手を伸ばす行為こそが人類を進化させてきたのも事実です。
人類を地球上の食物連鎖のトップに君臨させる最強の武器になった「大脳」が、最もやる気になって働いてくれる「エサ」が「欲望」なのだとしたら、これを忌み嫌い押さえ込んで活用しないのはもったいないですよね。
大脳のしくみが少しわかってきた現代に生きるわたしたちは、「欲望」というツールを賢く使い、それを追わせるプロセスで「本来の自分」を思い出す手掛かりにし、「自己実現」も「さとり」もちゃっかり手に入れるチャンスが来ていると言えるでしょう。
そうだとしたら、大切なのは「欲望」の選定です。
自分自身の進化成長のモチベーションを上げるのが目的ですから、追わせるプロセスまでも「ワクワク」が感じられて、息切れしないような「欲望(エサ)」でなければ意味がありません。
選定の失敗例から言ってしまうと、「最終的な結果を得ること」を「欲望」のターゲットにすると失敗します。
なぜなら、「結果を得る」までずっと欲求不満に駆られて不幸な感情に支配されやすく、「結果を得る」までのプロセスを至福に感じられないからです。
わたしたちの大脳は怠け者で狡猾なので、ご褒美なしで「結果を得る」までがんばって働くのを回避します。
具体的な現象としては「そんなもの追いかけても無駄だから、やめた方がいいよ」と囁くのです。
これを頭の中で囁かれてしまうと、一斉にモチベーションはダウンし、「欲望」は目の前にぶら下がっていてもそれを手に入れる「喜び」よりも、それを手に入れられないときの「恐れ」のイメージが上回ってしまうのです。
そして残酷な、というよりシンプルな投影の法則がこの世には働きますから、「欲望」が目の前にぶら下がったまま、手に入れたい欲求に苦しめられ、それを「手に入れられないかもしれない恐れ」に苛まれる現象を具現化してしまうのです。
チョプラ博士は「あなたが宇宙のパワーを手に入れる瞬間」の中で、「理由のある幸せは形を変えた不幸」だと言っています。
「理由のある幸せ」=「欲しい結果が得られたら幸せ」ですから、上記のような失敗を現象化して苦しみを招いてしまいます。
では、賢い「欲望」の選定とは、どんなものでしょうか?
「欲望を手に入れるための行動をすればするほど恐怖が薄れ、そのプロセスそのものが至福に感じられるようになってくるもの」をターゲットにするとよいのです。
わたしの実例でお話すると、わたしが占い師業を開業したときは、集客についてまったく無知でした。
25年間も臨床検査技師として病院勤務でしたから、「どうやってお客さまとつながったらよいのか?」、右も左もわからない状態でした。
ホロスコープやタロットを読むことは自分の人生に活用済で自信があったのですが、イベント出店してもその場限りでサロンの方へのコンスタントなお申し込みにつながりませんでした。
わたしは自分の心に、「どんな方法でお客様とつながりたいの?」と自問しました。
「ブログ集客がいい!文章に描くわたしのキャラに共鳴してくださる方をお客様にするの最高よ!」とすぐ、答えが返ってきました。
そして「ブログ記事を読んだお客様の申し込みを受ける」がわたしの「欲望」となったのです。
ブログ記事を書いたからと言って、そんなにすぐ、お申し込みが来たわけではありませんでした。
臨床検査技師や内視鏡技師として長年働いてきたわたしには、文章を書き続ける日常は初めてに近い体験です。何が人の心に届くのか、よくわからないけれど自分が夢中になれるものだけを書いていこうと思いました。
でも、わたしにはホロスコープやタロットという強い味方と、かつて読んだスピリチュアルな本の数々が応援してくれたので、「お客様のお申し込み」という結果にこだわらず、ブログ記事を書く事に喜びを覚えるようになりました。
暇でお申し込みが来ない日が続いても、「ブログを書くことに専念できる時間が至福だ」と思うようになりました。だから毎日更新していた時期もあり、その頃系統建てて書いたブログの記事が今ではホロスコープ講座を教えるときの教材の基本になったりしています。
振り返って見ると、あの暇な時期でやったことやそれを乗り越えるために鍛えたメンタルタフネスが、起業家としてのわたしの基盤になったなと思っています。
ワクワクする「欲望」をターゲットにぶら下げたら、それを得ることを至福に走り出すのではなく、そこに至るプロセスのひとつひとつに、小さな喜びを見つけて歩くのを習慣にするといいと思います。
その小さな喜びは日々注ぐ努力で増幅して行き、「結果が得られないかも」という「恐れ」を打ち消してくれます。
そして、「喜び」の感情は喜びの現象を投影しますから、最終的に「欲望」は叶えられることになるのです。
次回は、ウォルト・ディズニーのホロスコープ2室のお話を、次々回は「さとりを~」の続きのお話を予定しています。
わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。
詳しくはこちら をご覧ください。
新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、
キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
