こんにちは、リブラです。

今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」の解説の続きです。

 

第4章 思考はいつも「いま」から逃げようとしている

第1節 「いま」を失うことが、間違いのはじまり

 

問い;仮に、時間を幻だと認めたって、それでわたしの人生がどう変わると言うのですか?

結局はすべてが時間によってコントロールされている、この世で生きていかなきゃならないのですよ。

 

答え;エックハルト・トール

社会的なルールはまた別問題で、これはあなたの生き方に大して影響を与えません。

「時間は幻である」ということが真実であるとわかるためには、身体で覚えることです。

身体の細胞がひとつ残らず、強烈に「いまに在る」ために、生命エネルギーが溢れ出し、人生のあらゆる瞬間が、喜びと感じられるようになれば、そのときのあなたは、ほんとうの意味で時間から解放されているのです。

 

問い;でも、明日の支払い期限を延ばすことはできないし、これから歳をとっていずれはこの世を去る運命です。それがわかっていながら、「わたしは時間から解放され、自由なのだ!」なんてうそぶいたりできませんよ。

 

答え;エックハルト・トール

明日の支払い日が、滅びゆく肉体が、問題なわけではありません。「いま」を失うことが問題なのです。

単なる出来事を、個人的な問題や苦しみと受け止めるという根本的な思い違いが、問題と言っていいでしょう。「いま」を失うことは「大いなる存在」を失うことなのです。

 

時間から解放されると、アイデンティティを求めて過去にしがみつくこともやめ、目標達成を求めて未来にしがみつくこともやめます。

時間に縛られない意識を一度でも体験すると、その後はその状態と「時間に縛られた状態」をかわりばんこに体験することになります。

「いまに在る」時が、どれほど稀であるかに気づいて驚くでしょう。

 

「いま」を失っては、取り戻し、また失っては取り戻すのをくり返すのです。

最終的には、「いまに在る」状態が優勢になります。エックハルト・トール氏は言っています。

 

わたしたちがこの世にいるとき、わたしたち(魂意識)とエゴ(生存本能)と身体の三位一体で、「いま、ここ、現在」にだけ存在します。

 

魂意識は時空間の制限を受けない精神世界に所属し、「大いなる存在」と同じ波動(喜びの周波数)でできています。

 

エゴは思考と感情の過去~現在までの意識界に所属し、喜びの周波数を発振するときは魂意識や「大いなる存在」と共鳴し、恐れや悲しみの周波数を発振するときは、身体と共鳴します。

 

身体は現在の物質界に所属し、エゴの発振する感情の波動が「喜び」ならば、魂意識とエゴと共振して「大いなる存在」と一体感を感じ、「恐れ」の波動ならばエゴと共鳴して震え上がるのです。

 

上記の質問と回答のやりとりは、魂意識とエゴの「身体」という物質界所属の乗り物をめぐっての主導権争いを彷彿させます。

 

「魂意識」は時空を超越した存在で「喜び」の周波数しかないので、エゴの心配事(支払い期限や年老いて死ぬこと)が、大した問題に思えないのです。

「時間の制限」があることは、この物質界で生きるために設定されたゲームルールであって、「問題」とは捉えてないのです。

 

じゃんけんで遊ぶために、グーはチョキには勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つというルールを設定し、同時に出したもので勝敗を決めるとして、そのルールに沿って勝敗を決することになんにも問題がないのと一緒、と魂意識は「時空間の束縛」に対して思っているのです。

 

この場合、魂意識はじゃんけんの観察者で、グーかパーかチョキのどれを選ぶかはエゴに委ねられ、エゴの指示に従って身体はそのどれかの動作をするのです。

勝って嬉しければ三位一体で共鳴し、負けて悔しければエゴと身体だけが共鳴してじゃんけんのゲームルールに束縛を感じ、勝てないのが「問題」と悩みだすのです。

 

こうして俯瞰的に眺めると、ほんとうはエゴが「問題」をつくり出しているのが見えてくると思います。

魂意識は時空間超越した観者だから、「時間の制限」を問題視しない。

エゴは、ずっと「時間の制限」に囚われて問題視を続ける。

身体は、「いま、ここ、現在」の生存に関わることのみ問題視する。「いま」以外の時間は眼中にない。

 

人間ならば誰でも命の期限があるわけですから、エゴに主導権を持たせるとずっと「時間の制限」を問題視し続ける=生きている限り問題から解放されるがない、ことになるのです。

 

ここから先は自由選択ですが、魂意識に主導権を委ねて「時間制限内の人生」を思う存分楽しくいきるか、ずっと、老いや寿命の残り時間を心配して「時間制限内の人生」を苦しんでいきるか、の二択しかありません。

 

「時間制限内の人生」を楽しく思う存分に生きようとすると、いままで「問題」と思って悩んだことがとたんにちっぽけに、悩むに値しない「問題」に見えてくるはずです。

 

わたしがアカシックレコードを学びにゲリーのノウイングスクールに通っていた2011年の秋ごろ、パラレルワールドの話が済んだ後だから、それも学習カリキュラムの1つだったのかもしれませんが、よく、「隕石が地球に激突するかも?」とか、「地形が変わってしまうほどの地震が起きる」とかの予言を、ゲリーは来日する度話していました。

そんな話をされると、一応、「近々人生が終わるのなら、いま、わたしはなにをするべきだろう?」と考えてみますよね?

 

そんなときに大切に思えることは、意外にも日常取るに足らないと思うものが多かったのです。

近くの干潟に夕日が沈むのを心ゆくまで眺めることだったり、プランターに植えた草花と心の中で対話しながら1つのオーラを感じてみたり、ゆっくり丁寧に自分のためにお茶をいれて香りと味を堪能したり・・・。

普段できそうなのに、やっていなかったことばかりを思いだし、片っ端からやっていました。

 

そのとき、「時間の制限」よりも「時間の豊かさ」を感じました。時間に追われる日常では見過ごしてしまうことに時間をかけると、逆に豊かさを感じる自分を発見したのです。

 

「いま、ここ、現在」を大切に生きると、魂意識もエゴも身体も三位一体で人生を感じられて満足なのだと思います。

 

わたしはそれに気づいてから、「時間」に追われている自分を発見する度に「エゴに時間与え過ぎ!」と注意するようになりました。

眠る時間や食べる時間や楽しむ時間を大切にするようになると、魂意識の意図が手に取るようにわかるようになりました。

 

だから、上記の問答を読んでいると、「質問者さん、時間に囚われる方より、時間から解放される方を優位にした方が、生きることを楽しめる人生になりますよ」と囁いみたくなるのです。

余計なお世話と言われそうですが・・・。

 

次回は、トランシットの木星のいて座研究のために、いて座太陽のウォルト・ディズニーのホロスコープを、次々回は「さとりを~」の続きのお話を予定しています。
 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちら をご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、

キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。