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さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
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こんにちは、リブラです。
今回は「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」の解説の続きです。
第3章 「いまに在る」生き方がさとりのカギ
第5節 「いまのパワー」とつながろう
問い;あなたが「『いま』が唯一の現実で、『過去』と『未来』は幻です」とお話していたとき、なぜか窓との外の木が目にとまりました。
形はいつもと同じだったけれど、色が普段より鮮やかで、輝いていたのですよ!
木に宿る魂(精霊)みたいなものを感じたのです。
しかも、なぜかわたし自身があの木とつながっていたのです!
こういった感覚を一瞬のうちで失わずに、ずっと持続させていくことはできるのですか?
答え;エックハルト・トール
あなたはそのとき、「時間の世界」を超えたのですよ!
あなたは「いまに在った」ので、思考というスクリーンを通さないで木を見たのです。
あなたは「大いなる存在」につながっていたのです。
時間のない世界では、新しい見方をするようになります。
それは万物に宿る生命がはっきりとわかる見方です。
生命の神聖さや神秘を理解し、すべてをあるがままに貴び、すべてに深い愛情を注ぐ見方です。
一方、頭脳ができるのは、木に関する事実と情報を知ることだけです。
わたしの頭脳は「ほんとうのあなた」を見ることができません。
わたしの頭脳ができるのは、あなたに関する事実を知り、判断を下すことです。
わたしの「大いなる存在」だけが「ほんとうのあなた」を見ることができるのです。
あなたは、「時間の世界」を超えると、ものの見方が変わる、ということを体験しましたね。
その体験がどんなに美しくても、瞬間的に経験するだけでは、「さとりをひらくこと」はできません。
「さとりをひらく」には、永続的に意識をシフトさせることが必要です。
そのためには、日常生活の中で可能な限り「時間の世界」の外に出るようにしましょう。
「いまに在る」のが困難なときは、「いま」から抜け出したがる、思考を観察することから始めてください。
思考が、悲観的もしくは楽観的な未来をイメージしていることに気づくものです。
このように思考を観察すれば、自動的に「いまに在る」ことができるようになります。
でも、観察する対象に評価を下すことや、分析することは必要ありません。
自分自身の過失ととることも控えましょう。
思考を見張り、感情を感じ、リアクションを観察する。これで十分です。
思考をほんとうの自分とみなすと、思考のエネルギーはさらにパワーアップされます。
逆に思考を観察すれば、思考のエネルギーは弱まります。
思考とひとつになることは、「時間の世界」に住むことを意味します。
ところが思考を観察すれば、時間のない次元が開けてくるのです。
時間を使わなければならないときは、むしろ、思考は研ぎ澄まされ、集中して使えるようになります」
とエックハルト・トール氏は言っています。
「いまに在る」と「時間を超える体験」が可能で、「いまに在る」ためには、『思考を見張り、感情を感じ、リアクションを観察することで十分』と知って、「なんだ、そんなの簡単じゃない。わたしだって、いますぐできる」と思った方は、多いと思います。
そうなのです。「いまに在る」ことは、一瞬なら誰にもできる簡単なことです。
簡単過ぎるから、持続できないのかもしれません。
エゴ主導のガチガチの質問を、くり返しエックハルト・トール氏に浴びせていた質問者が、この第5節では「さとりをひらいた人」の視点で木を眺め、「大いなる存在」とつながる体験=「時間の外に出る」ワンネス体験をしてしまったくらいですから。
スピリチュアルな世界は遠くにあるファンタジーではなく、生まれる前から常にわたしたちを包み、さり気なく黒子に徹して完全なサポートしています。それに気づくか、気づかないかだけです。
思考でいくら考えても答えは出ません。
「幸せ」という言葉をいくら調べても、「幸せ」な体験をした人に尋ねてみても答えは出るはずもなく、実際に自分自身で幸せな感情を感じたとき、初めてわかるものです。
思考で少し察しのつく意識界の感情ですら、感じないとわからないのです。
感じることさえ叶わない精神世界を、思考だけで理解することは不可能に近いでしょう。
だからわたしたちには「大いなる存在」とつながるための端末のような存在として魂があります。
魂は思考が邪魔できない「いまに在ること」ができれば、起動します。
魂は森羅万象・万物の本質と共振し、その波動は「大いなる存在」とも共振して「ひとつ」になるのです。
それをわたしたちはワンネスの意識として体験します。
物質界に囚われるエゴ主導の視点でこの世を眺める限りそれを見ることはできませんが、思考の囚われから自由になり、「いまに在ること」さえできればいつでもどこでも、「時間を超えて、大いなる存在とひとつになる」視点で、この世を見ることはできるのです。
ただ、それが難しいのは、一度その境地を獲得したから永遠に「いまに在ること」ができるのか、というとそうではないからでしょう。
わたしたち人間の社会は、物質界中心で成り立っていますから、何から何までエゴ主導視点で見える構造になっています。時間やお金がパワーを持ち、制限を加える社会ですから。
そういう世界で生きながら、そこに支配されない視点でこの世を眺めることが「いまに在り続ける」ということなのです。
つまり、物質界で人間社会が「現実」としていたことが、「大いなる存在」の視点で見たら幻想で、「大いなる
存在」の視点で見る現実は、人間社会では「幻想」になってしまうのです。
見えず、聞こえず、触れずの存在は、「無い」ことになってされてしまう社会ですから。
だから、確かに感じられた一瞬のワンネス体験があったとしても、それはいとも簡単に思考によって「幻想」を体験したことに変えられてしまうのです。
大切なのは、ふつうの日常生活で環境が許す限り、思考に主導権を与えないことです。
環境が許す限り「創造主が創った被造物」としてこの世の森羅万象・万物を眺めて見ることです。
自分にとって有利か不利かだけの「損得勘定」で、つい、物事を見てしまう未熟な自分がいても責めないことです。
「観察」に主眼を置いていれば、万物の本質と共振し、「大いなる存在」とひとつになり心が震える感動があります。
「損得勘定」で眺める思考が働いても「観察」に徹していれば、未熟なトリックを見破って阻止する快感もあります。
物質界しか見えない視野とすべてを視野に入れる全体性の視点では、見えるレベルも違うのです。
そうした新しい視野を手に入れた人が味わうのは、ワンネスの感動だけではなく、真夜中にたったひとり目覚めてしまった孤独感でしょう。
でも、その寂しさに惑わされて、周りを起こそうとしたり、眠るフリをすると、もっと孤独感は強くなってしまいます。
もう、目覚めたのなら、周りの人ではなく「大いなる存在」とひとつの感覚を維持した方が、幸せな感覚が続きます。
そんな幸せな波動を放射しているとそれに共鳴する人がやって来て、いつの間にか人といながら「大いなる存在」ともひとつになれる共感の体験をすることになるのです。
万物との共振も素敵ですが、人との共感から至るワンネス体験はもっと感動的です。
次回は、うお座土星のエドガー・ケーシーの8室のリーディングを予定しています。
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新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、
キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
