こんにちは、リブラです。
おうし座11度天王星&やぎ座22度土星・やぎ座7度冥王星のコンビネーションの生まれのカトリーヌ・ド・メディシスのお話の続きです。
カトリーヌの7室(対人関係のハウス)はてんびん座28度始まり、いて座2度終わりです。
さそり座が挟まれて隠れたインターセプトハウスになっています。
このハウスには、天体はありません。
しかし、天体のないハウスがインターセプトハウスで、そこにトランシットの天体が通過するときどう読むかが、カトリーヌの7室天王星通過中に起きたことを追っていくとわかります。
インターセプトハウス内に生まれ持った天体が存在しても、本人にほとんど認識できなかったりします。
わたしは今でこそ、リブラ(てんびん座)などと名乗っていますが、40代に入る頃までてんびん座が1番よくわからない星座でした。
わたしの2室のおひつじ座木星と8室のてんびん座太陽・月・水星がインターセプトされていて(前後の星座に挟まれて天体が隠されているような状態)、おひつじ座とてんびん座の天体は無いに等しいくらい意識できないのです。
おひつじ座?てんびん座?ってなに?どんな星座?
木星(チャンス、幸運)?そんなのわたしの人生にあったかしら?
てんびん座的太陽(本来の自己)?そんなものは想像もつかないなあ。
8室(共感)の月(心のよりどころ)?自分自身をよりどころにする方が、安心なのだけど。これって1室のみずがめ座土星の存在感じゃない?
水星(思考)?理屈っぽい、マニアックなてんびん座思考ってありえないでしょう?
さそり座海王星とみずがめ座土星が葛藤しながら、思考代行しているのかしら?
というのが、わたしの40代初頭の感覚でした。
でも、カーディナルクライマックスとも呼ばれた、2008年のやぎ座冥王星入り~2011年のおひつじ座天王星入り~てんびん座土星などが続き、Tスクエアやグランドクロスで2室おひつじ座や8室てんびん座が刺激されることが頻繁に訪れるようになり、すっかりおひつじ座とてんびん座のハウスの天体の使い方が身に付いた感じです。
この世で唯一無二の金毛羊感覚で行動しないと、わたしのおひつじ座木星(幸運)は働いてくれません。
美意識を測るはずが罪を測る道具になり、最後は主人(大地の女神)に置き去られた神話の天秤だから、まずは両極端なもののバランスをとってみないことには、いきなり中立点を探るなんて至難の技。
だからマニアックに極からもう一つの極にジャンプしながら探求を続けていたのは、ムダじゃない。必須だった。
と気づいたときに、やっとてんびん座太陽が見えてきて、てんびん座のバランス感覚をよりどころに2極の統合思考が可能になったのです。
これまで良しにつけ悪しにつけ変革の嵐を6室までカトリーヌの人生に巻き起こしてきたトランシットの天王星ですが、この7室(対人関係)のインターセプトハウスにも、出会いと別れの旋風を起こします。
土星以降の天王星・海王星・冥王星などの長期滞在する天体が訪れることで、やっとその存在に気が付くハウス、それがインターセプトハウスでそこに存在する天体なのだと、わたしは思います。
トランシットの天王星がカトリーヌの7室に滞在した期間は1555年10月~1562年12月で、彼女が36~43歳のときでした。
7室は対人関係のハウスなので、カトリーヌが遭遇した天王星の仕業と考えられる出来事も出会いと別れに関するものばかりです。
1556年の前半でカトリーヌは双子の女児を出産しますが、一人は死産、もう一人は生後まもなく死亡します。
とても難産でカトリーヌの命までも危ぶまれた出産だったのに、結局二人共失って衝撃を受けたのか、それ以降子供を産むことはなくなりました。
そしてこの年の9月にノストラダムスはフランス王室に招かれ、カトリーヌやディアーヌの占星術師として関わって行くことになります。
このとき、天王星はてんびん座29度。カトリーヌの人間関係が大きく変わっていく時代の幕が開いたのです。
ノストラダムスは予言の書で有名ですが、この頃カトリック教会はどこも国家レベルで異端者狩りをしていた時代ですから、本来、予言の本は御法度です。
実際には、カトリーヌやディアーヌに頼まれて星で読んだ未来のことが、後になって予言の書として出版されたのではないかと思います。
カトリーヌはノストラダムスに出会う以前から、コジモ・ルッジェーリを専属の占星術師として雇っていたので、自身のホロスコープについて知っていたと思われます。
しかし、ルッジェーリはあまりアスペクトを重視した読みをしていなかったのかもしれません。
カトリーヌはもっと何かホロスコープから読み取れるものはないか、探していたのでしょう。
双子の死産で肉体の限界も感じ、アンリ王の子供を産むばかりがわたしの仕事ではない、と思い始めた37歳のカトリーヌと、ユダヤ教からカトリックに改宗する道を選んだ家系に生まれ、医師でありながら占星術師でもあった52歳のノストラダムスが最後の野望(予言の書を残す)に賭けたいと思ったとき、二人は出会い、トランシットの天王星はカトリーヌの7室の境界線を越えたばかりの位置にあったのです。
天王星の天文学上の発見は1781年なので、二人はこの必然的な出会いが天王星がもたらしたものとは知る由もありません。
4室(基盤)にかに座火星、6室(貢献)にてんびん座木星、10室(天職)にやぎ座土星(それもMC近く)で、活動宮のT字スクエアをとっているカトリーヌのホロスコープを見て、「人生の後半で守るべきものの平和のために戦って天下を取る配置だよ・・・」とノストラダムスは彼女が政治を取る可能性を告げたのではないでしょうか?
だからノストラダムスを人生の相談役に雇いたくなったのでしょう。
そして二人の出会いから3年後の1559年7月10日、アンリ王が馬上槍試合の傷が致命傷となり、死去したのです。
カトリーヌは40歳、しかし第1王子フランソワはまだ15歳、しかも王子が前年に結婚したスコットランド女王メアリー・スチュアートの親族が、アンリ王死去翌日にクーデターを起こし、事実上、フランス王室をメアリーの親族が掌握してしまう形になってしまったのです。
アンリ王の死去でその愛妾ディアーヌも王宮を去ることになり、カトリーヌを長年悩ました人物とは決別できましたが、息子の妻の親族に国を乗っ取られてしまったのです。
このときトランシットの土星はカトリーヌの1室のおうし座天王星に重なり、7室のトランシットの天王星はさそり座9度で、カトリーヌの太陽・金星と180度でした。
ハードアスペクトを突きつけられる状況にも、果敢に現実と戦いながら自身の人生をダイナミックに変えることができたのは、ノストラダムスがカトリーヌの相談役についていたからのようにも思えます。
長男はフランソワ2世として即位はしたものの2年後病死して、カトリーヌはこの苦境を乗り越えます。
この後次男のシャルル9世を即位させたときは、自ら摂政として政治の中枢を担うように動き出すのです。
トランシットの天王星は、夫や我が子の死を悲しむ余裕も与えず、王に代わって国の支配者になる自己変革を促したのでした。
それでは、7室(対人関係のハウス)に元々天王星がある場合についても、お話しますね。
7室にある天王星は、「対人関係」の刺激を受けることが、人生を変えるような自己変革を起こします。
だから、人生を変えたい、あるいは自分を変えたいと願うときは、自分と真逆なタイプな人と関わってみましょう。人間関係を変化のチャンスだと思って、垣根を越えた交流を楽しんでみましょう。
現在天王星が滞在するおうし座が7室の人は、<ほんとうの自分>の人生を心豊かに生きるため、関わる人や人間関係を交流の仕方を、意識変革していく7年に突入しました。
1対1で人と関わる場で、相手が、自分がどんな反応や態度や言動を交わしているのか、客観的に観察してみましょう。人間関係を通して<ほんとうの自分>を知るときが、今なのです。
次回もこの続き、カトリーヌの8室(共感のハウス)のお話をします。
わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。
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キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。
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