こんにちは、リブラです。

今回も「さとりを人生はシンプルで楽になる」の解説です。

 

第1章 思考は<ほんとうの自分>ではありません

第4節 感情の正体は、思考活動が身体に反映されたもの

問い9 では、感情はどうなんですか?わたしの場合は、思考よりも感情に振り回されることの方が多いんですが。 

 

答え:エックハルト・トール

わたしが「思考」という言葉を使うときは、考える活動以上のこと(無意識なリアクションのパターンや、感情も含む)を意味しています。

 

感情は、心と身体の接点から発せられものです。

感情は思考の状態に応じた、身体の反応なのです。

 

たとえば、攻撃的な考えや敵意は、怒りのエネルギーを身体に蓄積します。

身体は、闘いに備えているのです。

肉体的に、または心理的におびやかされている、と考えを抱くと、身体が収縮します。

これは恐怖心が、形になって身体に現れたのです。

 

好き嫌いを言う、判断を下す、解釈するなどの思考活動を「ほんとうの自分」とみなしているほど、感情のエネルギーの消費量は、大きくなります。

これは、どれだけ自分が「思考の見張り」を怠り、「いま、この瞬間」を生きていないのか、知る目安にもなります。

 

自覚されない強烈な感情は、偶然降りかかったアクシデントとしか思えない形で、その人に表れることもあります。

 

自分でも気づかないうちに怒りをため込み、それを処理していない人たちは、やはり怒りを温存している人から、大した理由もないのに、言葉や肉体的な暴力を受けてしまいます。

怒りを内面に鬱積している人は、怒りのエネルギーを発しているために、周りの人達の内に潜む潜在的な怒りを目覚めさせ、活動させてしまうからです。

 

自分の感情を知るのが難しいなら、身体の内面にあるエネルギー場に意識を集中させてみましょう。

身体の内面を感じるのです。とエックハルト・トール氏は言っています。

 

「思考活動」で問題となってくるのは、感情のエネルギーなのです。

一見別物のように見えて、「思考」と「感情」は強くつながっています。

 

ある決まった思考をすると、ある決まった思考回路が作動して過去の記憶を刺激し、ある決まった感情が浮上します。そして、その感情に相応しい神経伝達物質が分泌されるのです。

するとわたしたちはその感情をどっぷり身体ごと感じて味わうことになります。

 

わたしは子供のとき、両親から「お前なんかいなければいいのに」と、よく言われて育ちました。

(試練の土星はアセンダント付近で、トラウマのシンボルのキローンも1室本人のハウスだから、魂が計画した設定がバッチリ現実化していたんだ、と大人になってホロスコープを読んで感心しましたけど・・・)

だから、どこにいても自分がそこにいていいのか、悪いのか、絶えず気にするようになっていました。

 

小学校入学の日、中庭で集合写真を撮った後、教師は中庭に隣接する教室を指差し、「今日は席順は決まっていないから、好きなところを選んで座りなさい」と言いました。

 

わたしは無意識のうちに「いらない子」のセルフイメージを身につけてしまっていたので、「わたしは、みんなが好きな席を選び終わった後に、残ったところに座ろう」と教室の後ろ方でボォーっと立ってみんなが座るのを待っていました。

「いらない子」らしく遠慮して、誰も望まない席が1つ空くのを待っていたのです。

 

すると、その教師から「どこでも好きな席に座りなさいと言っているんですよ!なんでそんなところで釣っ立っているの?」と叱られしまいました。

そしてわたしは、「やっぱりわたしはダメな子なんだ。このクラスで叱られた最初の生徒になってしまった」と劣等感を強めてしまったのです。

 

この出来事の発端は、「わたしはいらない子」という考え(思い込み)です。

「わたしはいらない子」という考えの下に思考回路が回り出し、親の機嫌が悪いときに家にいて怒鳴られたりぶたれた記憶がグルグルと蘇り、そのリスク回避のために取った行動が「目立たないように教室の後ろ方で立つこと」だったのですが、やっぱり、わたしだけが怒られる結果になり、さらに恐怖体験の上書きがなされてしまうのでした。

 

このときの感情は「恐い」というものですから、「わたしはいらない子」の思考回路が回るときは、不安を引き起こすノルアドレナリンが脳内で分泌され、おそらくビクビク・オドオドした表情で教室の後ろに立っていたのだと思います。それを見た教師の方も怒りのホルモンでもあるノルアドレナリンが誘発されて、つい、叱りつけたくなったのでしょう。

 

見えないけれど、この場にはノルアドレナリン分泌の共振・共鳴の法則が働いて、怒る教師と怒られる生徒の関係を引き起こしたのだと思います。

 

「わたしはいらない子」というのは、小学校入学以前の家庭内の出来事から付いた自分自身へのレッテルです。

教室には両親もいないのに、過去の記憶のフィルターで教師を眺めてしまったばっかりに学校まで恐い場所に変わってしまうのです。

 

小学生で「いま、ここ、この瞬間」を生きられる子はそんなにいないと思いますが、過去の記憶のフィルターを通して現在を眺めて見ることが、不幸な感情を自分から呼んでしまう結果になるのが第三者的視点で見るとわかる出来事だと思います。

 

幸いなことにわたしは土星が1室なので、土星回帰(サターンリターン)のときにしっかり自分自身の弱さや劣等感に取り組み、自分にダメ出しをしても「百害あって一利なし」なのがわかって、30歳前に手放すことができました。

 

ネガティブな感情が浮上したら、過去の嫌な記憶と結びつく「考え」が原因となっているはずです。

どんなキーワードやイメージがそのネガティブな感情を誘発したのか、感情が落ち着いたときにでも辿ってみるとよいでしょう。

 

それが突き止められれば、過去のフィルターをつけて現在を眺め嫌な気分になっている愚かしさに気づき、その「考え」を手放すことができます。

 

次回もこの続き、「感情の正体は、思考活動が身体に反映されたもの」について解説します。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。