こんにちは、リブラです。

今回も「さとりを人生はシンプルで楽になる」の解説です。

 

第1章思考は<ほんとうの自分>ではありません

第3節「さとること」は「思考を超えること」

問い7 どうしてわたしたちは、思考活動におぼれてしまうのでしょうか?

 

答え:エックハルト・トール

思考力によって、自分のアイデンティティを確立しているからです。

別な言い方をすると、「頭の善し悪し」を、自分の存在価値を測る尺度にしている、ということです。

頭を使うのをやめた瞬間、自分は生きている意味がなくなると、かたくなに思い込んでいるんです。

 

わたしたちは、個人的及び社会的環境に基づいて「わたしは誰か」、というイメージを形成していきます。

この「にせの自分」は、またの名を「エゴ」と言います。

エゴは思考活動があることで、その存在が成り立っています。

 

エゴにとって「いま、この瞬間」というとき、存在しないも同然です。

エゴにとっては、過去と未来がすべてだからです。

将来、なんとか重荷から解放されよう、目標を達成しよう、と必死なのです。

 

エゴの口グセはこんな感じでしょう。

「いつの日か、○○が実現したら、その時はじめてわたしは『オーケー(幸福)』になる」

 

エゴはいつでも、過去というメガネを通して、現在を眺めています。

それが原因で、現実をひどく歪めているのです。

エゴは「現在」をゴールに到達するまでの通過地点ととらえて、その価値を著しく損ねています。

 

「いま、この瞬間」が、さとりをひらくカギをにぎっているのです

しかし、「思考」とひとつになっている限り、「いま、この瞬間」を見極めることはできないのです。とエックハルト・トール氏は言っています。

 

「我思う、ゆえに我あり」と哲学者のデカルトは言いました。

エックハルト・トール氏とデカルトが対話したら、おもしろいでしょうね。

「デカルトさん、それは<にせもの>のあなたですよ。思考は<ほんとうの自分>ではありません」と言われてしまうでしょう。

 

そうするとデカルト氏は「思考していないわたしなんか、わたしではない!そんなものは認めないぞ!」とエゴに乗っ取られて怒り出すはずです。

 

それを言うと覚者のエックハルト氏にツッコまれるでしょね。

「それでは、睡眠中のあなたは誰でしょうか?思考していないときのあなたはデカルトさん以外の何者ですか?」と。

 

人間は絶えず思考しているのがふつうの生き物で、思考を止める方が難しい。

「だから、思考しているデカルトさんより、意識的に思考を止められるデカルトさんの方が難易度高い頭の使い方をしていることになるのですが、それでも、思考を制御できる方のデカルトさんを認めませんかね?」と返したら、彼のエゴはそそくさと引っ込んでしまうかもしれません。

 

思考を止められる方が難しい、と言われてしまうと、そっちの方がカッコイイ感じがしてしまいますものね。

エゴはカッコワルイの嫌いですから。プライドが傷つかないうちに退散するでしょう。

 

エゴは思考を使って主人のフリをしたいので、「思考していないときの自分はほんとうの自分ではない。思考=ほんとうの自分」と主張するのです。

 

これは、ちょっと危険な発想です。

思考は間違うこともあるし、ミスもするし、愚かな選択もします。試行錯誤しながら、現実に即したより良い思考回路を構築していくのです。

 

「思考=ほんとうの自分」ということにしてしまったら、「愚かな思考=愚かな自分」になってしまうではありませんか。

そうなると、なるべくミスしないように、失敗しないようにはすでに構築済みの思考回路ばかり使って、新しい領域に出かけて失敗しながら、新たな思考回路を創ろうとしなくなるのではありませんか?

これでは無限に発展できる大脳の可能性を大きく制限することになってしまいます。

 

ここでエックハルト氏が言うように「思考は道具」としたらどうでしょう?

「道具」だったら、使い慣れるまで失敗することはよくありますし、そうして上達していくものです。

何度も失敗したものの方が、記憶に残りますからよく覚えて、独自の使い方に発展させることも可能です。

 

それに「道具(思考)≠ほんとうの自分」ですから、失敗しても、<ほんとうの自分>は傷つかないのです。

ミスしても愚かな選択しても、それは「道具(思考)」の使い方が慣れていなかっただけなのです。

その失敗から学んで、もっと確かな思考回路を構築するチャンスだと思えばいいのです。

 

エゴが過去のメガネで現在を見るのも、過去のレールの延長線上の未来を想定するのも、構築済みの思考回路を使いたいからなのです。

その思考回路なら慣れているので失敗せずに使えます。

ただし、過去に遭遇した出来事にしか対応できない回路ですから、その思考回路を温存したまま、新しい領域に進出することはできないのです。

 

具現化したい夢があるのに、その夢への一歩が怖くて踏み出せない。

そんな<怖れ>を感じるときは、古い思考回路を温存したまま対応不能な新しい領域に出ようとしているエゴの恐怖だと思ってください。

 

まず、過去のメガネで現在~未来を見て怖がっているエゴの存在を感じてみてください。

次に過去のメガネでは現在も未来も正しく見えないことをエゴに伝えてみましょう。

その正しく見えないメガネを手放した方が、現実がよく見えると告げましょう。

 

そして、<ほんとうの自分(大いなる存在とひとつになった自分)>として、「いま、ここ、この瞬間」だけをじっくり感じてみましょう。

<怖れ>はあるでしょうか?

<怖れ>がなければ、<大いなる存在>とひとつになっている証拠です。

<怖れ>の周波数と<喜び>の周波数は同時存在できませんから。

 

<怖れ>がない状態で「いま、ここ、この瞬間」を感じているとき、「大いなる存在」とひとつになっていますから、純粋に現実をみることができ、そこから純粋な未来の展望が見渡せます。

そのときのヴィジョンが<ほんとうの自分>が目指すべきヴィジョンです。

 

後は、ヴィジョンを目指して「思考」を道具にして、試行錯誤しながら新たな思考回路の構築を進めていけば、安心して新しい領域へ踏み出せます。

 

次回もこの続き、「さとることは思考を超えること」についての「問いと答え」の解説します。

 

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