こんにちは、リブラです。

土星のヴォイスダイアローグが長引く間、本の解説ブログを書きたい気持ちが高まっていました。

うお座土星のエドガー・ケーシーのホロスコープリーディングもしていく予定ですが、

今回はエックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」

原題<THE POWER OF NOW> についてお話ししていこうと思います。

 

邦題にもあるように、この本は「さとり」についてエックハルト・トール氏の体験を元に受け答えがなされています。

 

「さとり」と聞くと、修行を積んだ求道者しか得られない遠い世界のことのように感じるかもしれません。

でもこの本を読むと、わたしたちが幸せに生きようとするとき、必ず関わってくる心の在り方だと気づきます。

 

幸せになるために努力をする道を選ぶのいいかもしれませんが、自身の本質の「さとり」を得て、楽な道で幸せに至ってもいいのです。

幸せになるために奔走してすっかり消耗してしまった人こそ、「さとり」のチャンスかもしれません。

外の世界が真っ暗に見え絶望したとき、やっとエゴは束縛を緩め、本質(魂)と静かに向き合う準備ができるのです。

エックハルト・トール氏が「さとり」を得たのもそんな瞬間でした。

 

「わたしが29歳になってまもない、ある晩のことでした。

夜中に目を覚ますとわたしに『絶望のどん底だ』という思いが襲いかかってきました。」

「あらゆるものの存在が、無意味なことのように思われました。

この世のすべてを、呪ってやりたいほどでした。

こんな悲惨な人生を歩むことに、いったい、なんの意味があるというのか?

どうして、これほど苦しみながら、生きていかなければならないのか?」

「もう存在したくない、いっそのこと消えてしまえたらいいのに」

「こんな自分と生きていくなんて、まっぴらごめんだ!」

 

とエックハルト・トール氏はしし座の土星回帰(サターンリターン)真っ只中、グルグル考えていたのです。

こういうネガティブ思考に苦しめられることは、誰もが経験することですよね?

ただ、ここから先が、エックハルト・トール氏の特別な体験に結びついてくるのです。

彼はとても奇妙なことに気づきました。

(わたしも似たような気づきはあったのですが、気づいたときが幼過ぎたので「さとり」に至りませんでした)

 

「自分はひとりなのか、それともふたりなのだろうか?」

 

エックハルト・トール氏は、「自分」「自分が一緒に生きて行きたくないもうひとりの自分」がいることに気づいたのでした。

 

そして、「きっと、このうちのひとりが、『ほんとうの自分』なのだ」と思ったのでした。

 

エックハルト・トール氏のエゴは、彼に自殺されては困ると手を緩めていたのでしょう。

だから彼はこんなすごいことに気づいてしまい、<エゴ>と<本質>の両方の存在が自分の中にいること見破ってしまったのです。

 

エゴは「自分(本質)」になりすましているときは強気ですが、正体を見破られるとそのパワーを失うのです。

ほんとうは<本質(魂)>の下僕として働かなければならないのが、<エゴ(生存本能)>の役割ですから。

人生の主導権は本来、<本質(魂)>の方にあるべきなのです。

見破られたエゴは急におとなしくなります。

 

「この時、わたしは、頭の中でつぶやいていたひとり言がピタリとやんでしまうという奇妙な感覚に、ハッとしました。

わたしの意識はしっかりしていましたが、わたしの思考は『無』の状態でした。」

「次の瞬間、わたしは竜巻のようなすさまじいエネルギーのうずに引き寄せられていきました。

わたしは恐怖でガタガタと震えはじめました。」

 

「その時『抵抗してはなりません』というささやきが胸に飛び込んできたのです。

わたしが観念して、エネルギーのうず、『空』に身をゆだねると、その中に吸い込まれていきました。

その後何が起こったのかは、まるっきり記憶にないのです。」

 

「翌朝、小鳥のさえずりに、目を覚ましました。

まるで生まれてはじめて聞くような、楽しいさえずりでした。

目は閉じていましたが、脳裏のスクリーンに、さんぜんと輝くダイアモンドのようなイメージが見えました」

 

エックハルト・トール氏は、<魂の暗い夜>を経験したのでしょう。

外の世界にキラキラする希望の兆しや手を伸ばせば届きそうな目標があるとき、ヒトはそれを得れば幸せになれると思って頑張ります。

元気になれます。

(正確に言うと、元気になっているのはエゴの方です。魂に主導権を渡さなくても幸せになれると証明したいのです)

 

でも、それがなくなってしまったとき、エゴはどこに向かったらよいのかわかりません。

エゴは過去の記憶や情報の集積からしか答えを導き出せないからです。

<本質(魂)>という種から創造されて来るものが何なのか、わからないのです。

 

エゴは過去の記憶や情報を引っかき集めてなんとかしようと、パニックなります。

<本質(魂)>に頼らなくても幸せになれる道を探さないと、エゴは下僕であることを認めなけれなりません。

だから必死に、「得たら幸せ」と思う対象や、「解決したら安心」と思える問題へ意識を奪い、

<本質(魂)>の存在に注目させないようにするのです。

 

しかし、<本質(魂)>には、いずれエゴが降参したくなるような強力な切り札があります。

エゴが<本質(魂)>に背を向けて突っ走り、離れれば離れるほど虚しい気分に襲われ、

エックハルト・トール氏が経験したような絶望感や無価値に押しつぶされるのです。

これに対処するには、絶望の闇の中を<本質(魂)>の光を求めて彷徨い歩くしかありません。

 

<本質(魂)>と出会うのにハウツーなんてありません。

それは本来、自分の中に存在するものですから、認めるだけでいいのです。

エックハルト・トール氏が体験したように、絶望感に苛まれたら思考で自分を責め立てるのではなく、

いま、ここ、この瞬間にも、じっと辛抱強く意識を向けてくれるのを待ち望んでいる存在がいると想定するのです。

 

ほんとうは存在するのですが、長い間いないことにされていたので(五感で感じられる世界しかない

とエゴに刷り込まれているので)、それをいきなり感じ取ることはできないでしょう。

でも、存在を認め、その意図を聞くために、エゴのうるさい思考を脇に置くことができるならば、

<本質(魂)>のささやきを聴いたり、その愛のエネルギーに包まれる幸せを感じることができます。

 

<本質(魂)>から流れる愛は自由で無条件です。

エゴのような「○○があれば幸せ」という条件付きの愛ではありません。

唯一無二の<本質(魂)>が存在する喜びに共鳴する、それが<本質(魂)>がもたらす幸せです。

物理次元に幸せを求めようとするエゴには、理解できない幸せです。

でも、わたしたちの人類の本質は魂なので、魂がこの世に存在する喜びを感じなかったとしたら、この世に存在する意味もないのです。

 

魂は人として誕生しその転生を終えるときも、終始「喜び」を発信しています。

エゴが人生に絶望して暗い夜を迎えているときも、魂は「喜び」に輝いています。

わたしたち人間は、この能天気な魂の「喜び」にエゴとともに共鳴するとき、真の幸せを感じます。

 

魂は「喜び」担当、エゴは「安心」担当。

1%の恐れも存在せず、喜びを感じている瞬間があったら、

それは珍しく、仲良く魂とエゴが共鳴し合っていると思ってください。

その瞬間をずっと長引かせた状態が「さとり」です。

 

エックハルト・トール氏は、この本で「さとり」の状態を整備するための方法を教えてくれてくれます。

わたしもこの本で感じたこと思ったことをシェアしていこうと思います。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。