こんにちは、リブラです。今回もレオナルド・ダ・ヴィンチ(←クリックするとダ・ヴィンチのホロスコープに飛びます)のホロスコープリーディングの続きです。

 

3室コミュニケーションのハウスには、うお座1度の木星と3度ののコンジャンクション(合)があります。この木星(チャンス・豊かさ)月(欲求)は6室貢献のハウスのおうし座3度の太陽(本来の自己)と天職のハウスのてんびん座0度の海王星(直感・インスピレーション)による2等辺三角形のヨッド(神の指)を形成しています。

 

3室はコミュニケーションのハウスと呼ばれていますが部屋の順番から言うとまだ3番目なので、1室で生まれる→2室で自分のものとそれを以外を識別できる状態になる→3室言葉を覚えて自分の望みを訴える・・・というけっこう幼いレベルのコミュニケーションも含みます。

7室でやっと他者のテーマが登場するのがハウスシステムなので、3室は他者との交流のためというより自己表現のためのコミュニケーションと扱う方が、しっくりきます。

 

そんなことを踏まえてこのうお座の木星と月のコンジャンクションを読むと、なかなかダ・ビンチらしいイメージが浮かんできます。

うお座は海の世界=アナザーワールドをシンボライズしているので、ダ・ヴィンチが表現したい世界は目で見て美しい世界というより、彼の心が美しいと感じた世界で、それは現実のモデルがあろうとなかろうと、ダ・ヴィンチの心というアナザーワールドなのです。

 

それも木星の拡大のエネルギーと月の底なしの欲求がいっしょになって自己表現のハウスにいるわけでですから、どれだけ自身のアナザーワールドの表現欲求強いか、というのが伺えます。

 

その上、この木星と月には足枷になるようなハードアスペクトはありません。

ダ・ヴィンチは自身が表現したい世界に限界は設けていなかったのだと思います。

「ダ・ヴィンチ・コード」(ダン・ブラウン著)の中でも取り沙汰された「最後の晩餐」では、イエスとそのとなりにいるヨハネとされた人物を、女性のように描写してマグダラのマリアの存在を暗に表現してしまったのも、宗教的禁忌(イエスは妻帯していないことになっていて、マグダラのマリアは娼婦扱いされていた)を芸術的描写で超えて見せたダ・ヴィンチの自己表現だったのかもしれません。

ダ・ヴィンチの絵が神秘的で謎めいているのも、うお座木星と月の合わせ技のアナザーワールドが醸し出すイメージなのでしょう。

 

それほど限界のない表現欲求に駆られて創作していたであろうダ・ヴィンチですが、ヨッド(神の指)に摘まれて随分悪戦苦闘していたのではないかしら?とわたしは密かに思います。

 

神の愛は、無条件の愛であり、無制限の愛であり、それは「自由選択」だとバシャールは言っていました。

神の分霊であるわたしたちの魂が次元降下して肉体に宿ったとき、わたしたちは「自由選択」という神の愛をたしかにもらっているな、と可能性をいくらでも拡大していけるブループリント(ホロスコープ)を見ていると思います。

しかし、ヨッドというアスペクトをもっている人々は少々神の制限がかかります。

神様が「自由選択」という愛を与えている都合上、すごく控えめな制限ですがその分本人は気づきにくいので、意地悪な形で現れます。

神様は直感を通して「これをやるといいよ!」とワクワクを刺激し、「これか、やっと見つけた!」と喜び勇んでそこに向かって行くと、あともう少しというところで見えない神の指で背中を摘まれ、届きそうだったものは遠のき、目の前には全く興味のないものが差し出され「さっきのは嘘でした。今度はこれをやりなさい!」と押し付けられる・・・そしてそれも中途半端な形で取り上げられて、また別のものに強制的にワクワクさせられる・・・。

傍から見ていると、飽きっぽくて何も続かない人のように見えてしまいます。

本人もヨッド(神の指)のせいなんて思いませんから、何ひとつ達成できない人というセルフイメージをつくってしまいます。

 

これは神様流の天才の思考回路のつくり方なのです。

いろんな経験をさせておいて、それを完了させず、普通じゃ考えられないような組み合わせの神経細胞の連携を作らせてしまうのです。

こんな思考回路が作られると、みんなと同じものを見ても考えること思うことがまるで違ったり、奇想天外な発想を当たり前のようにしたりするようになります。

 

ダ・ヴィンチはうお座木星と月の際限ないアナザーワールドの表現欲求に駆られ、それと60度で連携する5室至福と創造性のハウスのおうし座太陽は、その壮大な世界をなんとか現実に作品として創造することを試みます。

そしてその星たちの連携が底辺として支える頂点には10室天職のハウスのてんびん座の海王星が君臨して独自の美意識のイメージで木星と月と太陽に注文をつけるのですが、150度という無関心な関係のアスペクトで3室と5室の底辺の星とつながっているので協力関係になく、創ってはやめ、やめては創りを繰り返すことになります。

だからダ・ヴィンチはあまりたくさんの作品を残していませんし、「モナ・リザ」のように最後の最後まで手元に置いて描き続けていたのだと思います。

その結果、あのように素晴らしい作品が生み出されたのですから、ホロスコープにヨッド(神の指)を設定した魂の目論見は成功したのでしょう。

 

でも、そのホロスコープを生きたダ・ヴィンチのフラストレーションは半端なかったと思います。最後まで作品完成の達成感をたぶん味わうことができずに終わったのではないでしょうか?

 

次回もこの続きを解説します。

 

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。