- 物語で読む引き寄せの法則 サラとソロモンの知恵/エスター&ジェリー ヒックス
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こんにちは、リブラです。
今回も第18章の続きについてのお話です。
《いつも幸せに満ちて③》
「サラとソロモンの知恵」第18章
あらすじ; セスの顔にひどい傷痕が残るかもしれないと心配でたまら
ないサラに、ソロモンはセスが幸せで身体の治癒力を受け入れられれ
ば、完全な状態に戻れると答えました。
するとサラは自分のむこうずねの傷を見せて、「木から落ちたときにこ
の傷をこしらえたわ。なんでこのみにくい傷痕が残ったの?」と尋ねま
した。
「その日のことを憶えているかい?」
「ズボンが裂けて、脚から血がどくどく出て、お母さんが怒って木に登
っちゃいけないって言ったわ。
しみる薬を塗られて包帯でぐるぐる巻きにされて、家族でプールに出
かけたにのに、わたしだけ水に入れなかった。とても暑いだったのに」
「サラ、そのことを思い返したとき、どんな気持ちになった?」
「木から落ちた自分にすごく腹を立てた」
「サラ、ふつうは、いい気持ちのしないことを思い出させるのに、こんな
に時間はとらないけど、きみの問が肉体の治癒力という重要なテーマ
だったから、わかってほしいんだよ。
傷が治るのを邪魔しているのは、きみ自身なのだと」
「じゃあ、ソロモン、人は気持ちがよくなりさえすれば、傷は癒えるし、
傷痕は残らないってこと?」
「そのとおり。
気持ちがいいと感じることが、あらゆる生きる営みへの答えなんだよ」
サラは傷痕を見ながら木から落ちた日のことを、詳細に思い出していま
した。
両親の友人の一家が遊びに来ていて、その家族の傲慢ちきな1歳年
上の女の子の相手をしていたサラは、彼女の住む都会とサラの住む
田舎の暮らしのを比べる発言に腹を立て、木に登って見せたのでした。
「サラ、思い返してみれば、木から落ちたことは、きみの感情とピッタリ
一致していると、わかりやすいんじゃない?
木から落ちる前のきみの気持ちと、心の中の抵抗が大きかったことを
考えれば、落ちたあとのも抵抗がさらに高まるのは明らかなことだよ
ね?」
「傷痕が残るのも無理はないか。幸せな気を流すのは簡単じゃないわ」
「いいや、サラ、どんどん簡単になるよ。ちょっとばかり練習が必要だ」
「ソロモン、セスは怪我をしないでサミュエルを助けることはできなかっ
たの?」
「できたかもしれないね。
でも、素晴らしいチャンスが、うわべの困難さで隠されるときがある。
きみは以前川に落ちて激流にのまれたことがあるけれど、その経験を
後悔していないよね。どうしてかな?ほかの人と同じように感じないの
?」
「川から上がったとき、自分に力がみなぎるのを感じたから。
はじめて味わった、本物の幸福感だった。
どんなものとも引き換えにしないわ、ソロモン。
どんなものともよ」
「つまり、はた目で見ただけでは、ものの真価はわからないかもしれ
ないと?
そして実際に経験している人だけが、その真価を、その理由をわかる
ということだね?
サラ、きみと同じく、セスは経験から大きな価値を得るだろう。
これから何年もかけて明らかになって行く価値だ。
はじめはどう見えようと、外にいる人にはどう見えようと、
幸せはいつもあふれている」
「はた目で見ただけでは、ものの真価はわからない。
経験している人だけが、その真価を、その理由をわかる」とソロモン
が言うように、わたしたちに傷痕を残すようなイヤな出来事は、内側
の世界の投影を気づかせるためのイベントであることが多いのです。
わたしの左のくるぶしにあるケロイドも、3歳のときに起きた象徴的な
イベントの名残です。
両親から見れば、わたしが「味噌汁の鍋につまずいて両足に大やけど
負った」という出来事です。
父にして見れば、やけどでどこかが動かなくなるわけでもなし、別に
どうでもいい事でした。
母にとっては「鍋の置き場所が悪い」と父から怒鳴られて打たれて、
医師からは「小さいこどもがいるのに、煮えたぎった鍋を部屋に置い
ておくなんて不注意だ」と指摘され、「わたしばかりなんで責められる
のよ。こどもを見ないでテレビをみていたお父さんが全部悪いのに。
やっぱり、この人結婚するんじゃなかった」と思った事件でした。
わたしには深いトラウマになった出来事だったようで、痛かったとか、
怖かったとかの記憶はいっさい封印され憶えていませんでした。
何が起きたのか思い出せないけれど、くるぶしのケロイドだけが残っ
ていたのでした。
それから長い年月が経ち、35歳のとき、わたしはヒプノセラピストス
クールに通っていました。
少しずつこどもの頃のつらい記憶と向き合い始めた時期でした。
わたしはヘラーワーク(筋膜を正しい位置に戻すボディワーク)の施
術を受けていて、そのセラピストは臨床心理士でもありました。
脚の施術をしてもらっているとき、感情を伴わない涙が止まらなく
なり、「悲しいわけでもないのに涙が出てくるなんておかしいですね」
とわたしが言うと、
「ケロイドができたときのことを思い出してみて」と、セラピストに促さ
れました。
すると3歳の頃に住んでいた家のフラッシュバック映像が頭の中を
よぎり、やけどを負った日の記憶が次々と蘇ってきました。
父は無表情でテレビを見ていて、母は怒りをまな板に叩きつけなが
ら何かを刻んで鍋の中に放り込んでいました。
ふたりとも背中を向け、終始無言でテレビの音と包丁が何かを刻む
音だけが家の中で響いていました。
わたしは両親がまったくわたしの存在を忘れていることに気がつき
ました。
だから、いつもならやったら怒られる遊びを堂々とその部屋でやり
始めました。
それは、食器棚に登って飛び降りる遊びです。
登っては飛び降りる、を何回繰り返してもまったく両親は気づきま
せん。
ふたりは自分たちのけんかで、頭が怒りでいっぱいだったのす。
だから父はテレビに注目し、母は怒りに震えながら野菜を刻んで
いたようでした。
そして次の瞬間にその出来事は起きました。
母が煮えたぎる味噌汁の鍋を、わたしが登った食器棚の真下に置い
たのです。
そのときのわたしの感情は、母への激しい怒りでした。
「わたしは目の前にいるのに、いないことにされている!」
わたしは母を攻撃するような気持ちで、自分がここにいるということを
気がつかせるために、わざと味噌汁の鍋めがけて飛び込んだのでした。
でもそのあとわたしを襲ったのは、強い罪悪感でした。
わたしが鍋をひっくり返したことで、両親がその場で取っ組み合いの
けんかを始めたのです。
わたしは自分に注目させようとしてとやったことが、両親のけんかに
火をつけてしまったことにパニックになり、かぶった味噌汁の熱さや
焼け付くような痛みを感じてもそのまま仁王立ちして、呆然と両親の
取っ組み合いが終わるまで眺めていました。
このときのやけどで両脚の膝から下の皮膚が全部衣服にくっついて
剥がれ、靴下に溜まった熱湯がくるぶしのケロイドをつくったのでした。
あとから母から聞いた話では、医師が足の底がケロイドにならなくて
不幸中の幸いだと言ったそうです。
びっこになる可能性もあったというのです。
なぜだかわからないけれど、その場で仁王立ちして動かなかったわた
しの行動が、足底をやけどから救ったのだろうと医師は推測したそうで
す。
わたしのインナーチャイルドは、この出来事をわたしにとって必要不可
欠なイベントだったと言いました。
「自分の身は自分で守らないと生き残れない」ということを、強く自覚
させるために起きたイベントだと言うのです。
くるぶしにケロイドが残ることによって、わたしが身の安全に対する責
任を両親に任せてはいけないと自覚させるために、このイベントはあ
ったのだと言うのです。
両親は自分たちの不注意で起きた出来事だと罪悪感をもったかもし
れません。
でも、真実はわたしの人生に必要不可欠なイベントだったのです。
ホロスコープのアセンダントに土星(試練を経験させ、その学びから
自信を育てる星)を乗せているわたしらしいイベントだったなあ、と
今ではありがたく思っています。
現在のわたしのくるぶしのケロイドは、言わないとわからないくらい
に目立たなくなっています。
もう十分その役目を果たしたということなのでしょう。
次回も「サラとソロモンの知恵」の続きのお話を予定しています。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。