- 傷つくならば、それは「愛」ではない/チャック・スペザーノ
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こんにちは、リブラです。
今回は「傷つくならば~」の141日目のお話です。
【「役割」とは、まだ弔っていない喪失の隠れみの】
「あなたは、とても困っているのに、何一つ受け取れないとい
う『依存』の役割を生きているかもしれません。
もしくは『自立』した役割を生きていて、過去に失ったことなど
どうでもいいかのように振舞っているかもしれません(本当は
〈どうでもいい〉ということ自体、じつは〈どうでもよくない〉
ということを示しているのですが。)
または『世話する人』の役割を生き、みんなの痛みを救おうと
するのに自分の痛みはいつも隠したままという、偽りの助け人
をやっているかもしれません。
これでは他の人を助ける力を自ら制限していることになります。
すべての感情を経験して、自分のなかの喪失に立ち向かわな
いかぎり、新しくはじめることはできません。
そして、なぜか『役割』というものはどれも、前に進む助けには
ならないのです」とチャックはいっています。
わたしは4人きょうだいの長女として育ったので、5歳のときか
ら下のきょうだいの世話をするという「役割」を担っていました。
8歳のときには、3歳児とゼロ歳の双子のめんどうをみていまし
た。
外に出ると3人いっぺんにめんどう見きれなくなるので、わたし
の小学生時代は、家のなかで子守りをしながら本を友だちに
して遊ぶ毎日でした。
22歳で家族から離れるまで、わたしの日課で「遊ぶ」ということ
が、本を読むか、音楽を聴くかなどの貧しい選択肢しかないこ
とに気づきませんでした。
遊ぶための友達をつくってこなかったわたしは、「長女」という
『役割』を離れたとき、何をしてよいのかわからなくなったのです。
家族の『役割』を離れたから、自分の時間を好きなだけ使えるの
に、仕事以外なにもする意欲もなくなり、寝てばかりいました。
仕事もある意味『役割』です。
『役割』をすべて剥ぎ取ったら、わたしには何が残るのだろう?と
そのとき考えて、悩んだものです。
なんでもない存在になる恐怖、無価値感に襲われ、
「わたしはなんのために、ここにいるのだろう」と毎日自分に問
いかけていました。
「好きなことを何でもやればいいじゃない?」と周りにはいわれま
したが、内心何をやっても心から楽しめないのが問題なのだと思
っていました。
今から思うと当時は、喪の明けた未亡人がいつまで喪服を着続
けたまま、気分が晴れないと嘆いていた感じだったのでしょう。
ヒプノセラピストスクールに通って、インナーチャイルドの存在を
知ったとき、わたしは子供時代に心から我を忘れて遊びに夢中
になったことがないことがわかりました。
遊びに心を奪われると、安全が確保できなるのをいつも気にして
いたようです。
そして、気心の知れたヒプノのスクール生と旅行に出かけたとき、
何も気にしないで、そのとき、その瞬間を楽しむことだけに集中
すると至福を味わえるのを知りました。
『役割』は剥ぎ取ったら怖いものではなく、剥ぎ取ることでしか素
のままの自然体の自分に戻れない、とわかったのです。
素のままの自分に戻らないと、何をしても心から楽しめないので
す。
『役割』は社会に自分を合わせるときに使う、自身のキャラクター
の一部です。全部の自分でありません。
今では、仕事をしているときの自分、家族に接しているときの自
分以外はずっと全部の自分が自由に出てこれるようにしていま
す。
そのほうが新しい発見があり、自分の広がりや可能性を感じる
ことができます。
そしてなにより、自然体は楽です。
楽な周波数が身についてくると、不思議と自然体で生きている
人々に遭遇するようになり、物事も無理なくスムーズに運びます。
類は友を呼びますから。
明日もこの続き142日目のお話を予定しています。
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