傷つくならば、それは「愛」ではない/チャック・スペザーノ
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こんにちは、リブラです。

今回は「傷つくならば~」の127日目のお話です。


【問題を分析することは、解決への抵抗である】


「『分析』とは全体を小さな部分に解体し、その小さな部分のすべてに

答えを見つけ出そうとすることです。

思考はつねに事実の後から起こります。

ほんとうはどんな問題に対する答えも、問題そのものが現れた瞬間に

やってきます。

ですから、実際は答えを見つけるのに時間を無駄にする必要はありま

せん。

答えを受け入れる勇気さえあればいいのです。

答えは、直感やひらめきという形でやってきます」

とチャックはいっています。


わたしたちは人とコミュニケーションをとるとき、それがビジネスなのか、

同好の仲間なのか、長年の親友なのか、家族なのか、恋人なのかによ

って接し方を変えます。


人間関係の基本的コミュニケーションのルールは、ビジネスであろうと

恋人同士であろうと変わらないのですが、心の距離が離れている人(よ

く知らない人)に対しては無意識に「分析」し、親密に感じる人には「分

析」したくもされたくもないと考えます。


「分析」というのは、「得たいの知れないもの」を明確にするためのツール

であって、その「分析」情報を参考にするのはいいけれど、そこに答えを

求めたら、間違った方向に迷い込みます。


わたしは長年、血液や尿の成分を「分析」する検査技師をやっていまし

た。

検査技術を習うとき、検査結果の解釈に対してとても大切な考え方を

学びました。


インビトロin vitro〈試験管内〉か、インビボin vivo〈生体内〉かによって

分析結果が違ってしまうということです。

血液を検査する際には、生体から血液を取り出して分析します。

だから結果はインビトロ〈試験管内〉の反応からの情報であって、必ずし

も生体内で同じようになっているとは限らないのです。


だいぶ前にヨーグルトのCMで、ヨーグルトの善玉菌によって駆逐されて

いくピロリ菌(胃潰瘍の原因菌)の顕微鏡映像が放映されていました。

あれはまさにインビトロ(試験管あるいはシャーレ内)で起きた現象であ

って、インビボ〈生体内〉では起こらない現象です。

ヨーグルト菌が元気でたくさんいられる場所なら、ピロリ菌はイチコロか

もしれません。

しかし、ピロリ菌の棲家である胃や十二指腸に食べたヨーグルトが届くま

でには、胃酸(PH2の強塩酸)の洗礼を受けるので、ヨーグルト菌は死

滅するか、生き延びてもピロリ菌をやっつける力はありません。


話が横道にそれましたが何をお話したいかというと、問題を分析した

き、そのなかに答えを求めると自分を見失う」ということです。

それは真実じゃないのです。

一部をとってきた分離存在の結果であり、全体性を示していないのです。


とくに、「分析」情報を人のジャッジメントに使うのは最悪です。

もちろん、自分自身にも、です。


「わたしは○○だから、△△はできない」

「彼は過去もこうだったし、こういう人だから、永久に変わるはずはない」

人間関係の問題は100%、過去の最悪の記憶をエゴが勝手に「分析」

して、新たに出会う人にベッタリ貼ったレッテルが原因です。


自分自身が古い枠組みから出られず、自身の観念に思考の束縛を受け

てしまうのも、エゴの記憶の「分析」結果を鵜呑みにし、その結果のなか

解決方法を見つけ、いままでと同じ行動に終始してしまうからです。


エゴから「分析」結果を参考にもらうのはいいけれど、総合的に見て最後

は自身のハートからくる答えを尊重しましょう。

「わたしの未来はわたしが決める」と、エゴの「分析」に惑わされない自

をもちましょう。

ハートからくる答えには、「愛」のあたたかさが感じられます。

エゴの「分析」からくる答えには、「分離」のつめたさが感じられます

判断に迷ったら、この温度差を手がかりに自身の答えを探してください。


明日もこの続き、128日目のお話を予定しています。


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