- 自分をえらんで生まれてきたよ/いんやく りお
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こんにちは、リブラです。
前回の続きで、今回も「自分をえらんで生まれてきたよ」のお話から、りおくん視点のスピリチュアルな世界を覗いてみようと思います。
生まれる前や、生まれたとき、あるいはあかちゃんのときの記憶を持ち続けている人がまれにいます。
りおくんは全部覚えているから、これからもこの記憶を持ち続けて成長していってほしいなと思います。
わたし自身は、ヒプノセラピストスクールで退行催眠をくり返し行ううち、ジグソウパズルを完成させるように、忘れた記憶の全体像を思い出しました。
わたしは、生まれた直後~3歳ぐらいまでは、生まれる前の世界とこの世の両方にいる感覚を持っていたようです。
けれども、生まれる前の感覚でものを見てそれを表現すると、両親に伝わらないか、怒られるかのどちらかだったので、その世界のことを思うのはやめ、忘れることにしたようです。
りおくんは生まれる前の記憶についてこんなふうにいっています。
「人間は、生まれたらすぐ、たくさんのことを忘れてしまう。
みんな、おなかに入る前はちゃんとわかっていたのに、忘れてしまう。
おなかの中にスポンと勢いをつけて入るから、ストンと落ちたときに、
わかっている頭が驚いて、パーッと逃げていっちゃう。
忘れちゃっても、もう1回、身につけるのが、人間っていうものだよ。
たいせつなことを、忘れたまま死んじゃう人は、
地上にいたことを、損していたと思う。」
忘れたとしても、魂そのものの存在であったことは、生きている間に必ず思い出すということです。
自分が魂で、その魂が人間を体験したくて肉体に入るけれど、乗った乗り物(肉体)に閉じ込められ、行きたかったところにいけず、体験したかったことができなかったら、たしかに、損した気分になりますよね。
だから、忘れっぱなしにせずに、もう1度、魂視点を身につけるのがほんとうの人間の人生であるとりおくんは教えてくれています。
「ぼくが、いいたいこと。
心は、ほんとうにだいじだよ。
心があるからこそ、ぼくたちは生きていかれる。
人間の中の、
ほんとうにだいじというのが、心。
人に心があるのはいろいろなものを感じるため。
心があるから、いろいろ感じられる。
心があるから、生きぬける。
人は、心をさわらないと、生きていかれない。
自分自身で、心の手で、心をさわっている。
心にさわっていないのは、死んでいるということ。
元気なときは、心の手が、心についている。
怒っているときは、半分、離れている。
悲しいときも、離れかける。」
りおくんのいう「心」とは魂意識のことなのだと思います。
魂は「喜び」の波動しか持たないから、人間の肉体に入りいろいろな感情を通過してみたい。
ただ、あまりに、それが、肉体側の衝動に近くなってくると、魂を置き去りにして、感情だけが暴走してしまうようです。
そういうときは、りおくんがいうように、怒っているときは魂意識から半分分離して、悲しみに浸ってしまっているときも、魂意識から離れかけている状態なのです。
「人間は、生きのびるために、生きている。
しんどいことも、
幸せなんだってことがわかるために、
地上に下りてきたんだよ。
しんどいというのは、じつは小さな喜びなんだよ。
しんどくてたまらなくても、その後に、やっぱり疲れがとれるでしょ。
そのとき、前よりももっと元気になっている。
だから、しんどいってたいせつなことで、
しんどい思いができるというのは、
じつは、奇跡なんだよ。」
肉体に入らなかったら、しんどいというのも感じられないので、魂視点で見ると奇跡のようなんでしょうね。
「すごい秘密に、気づいたよ。時間があるから、ものはある。
時間があるから、光はある。
時間の粒も、ものの粒も、光の粒もみんな同じ。
ものは時間で、できているんだ。
みんな同じ粒でできているっていうのが、すごいことなんだ。
粒と粒が集まるとのりみたいに、くっつく。
神さまも粒。地球も粒。星も粒。
心も、肉も、みんな、粒が集まってできている。
みんな同じ、目にみえない粒で、できている。
小さな粒がないと、ぼくたちは、生きていけない。」
りおくんの時間の観念、物質の観念は深遠なインド哲学のようです。
「みんな同じ粒でできているっていうのが、すごいことなんだ」と気づくと、
人種を超えて、生き物の枠を超えて、地球上で共鳴しあう生命の波動を感じます。
次回からはチャック・スペザーノ著「傷つくならば、それは『愛』ではない」について、お話していきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの魂意識が選んだ人生をホロスコープより読み解きます。
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